最新記事
シリーズ日本再発見

世界6位のレストランで開花した日本人シェフの美食哲学

2017年12月25日(月)20時39分
小暮聡子(本誌記者)

この土地で取れる食材と、昔から続けられてきた暮らしに敬意を払うこと。それを料理という手段で表現する──そんな哲学から生み出される前田の料理は、いわばバスクの村を散歩しているかのような味わいだ。

アミューズで出されるトマトとズッキーニの冷製スープは、まるで朝露のような爽やかさ。近所の酪農家から仕入れているというヤギのミルクで作ったバターはヤギの顔さえ浮かんできそうなほど風味豊かで、花や葉を乗せた絵画のようなクラッカーは野原の情景を想起させる。

japan171225-5.jpg

前田が「大地を踏みしめる」という発想で考案したカナッペ KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

japan171225-6.jpg

定番メニューの海老 KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

原点は父親の家庭料理

前田が「煙の遊び」と呼ぶスモークサーモンを筆頭に、カニやエビ、イカ、白身魚などのグリルが続き、取れたての卵やキノコの一品を挟んで、最後はガリシア牛の薪焼き。シンプルでいて味わい深い4時間近いコースには、バスク人の生活の風景が感じられる。

最近の前田には、師匠であるアルギンソニスの哲学が分かる。「薪焼き」の店として語られることが多いが、それはあくまでツールの1つだ。アルギンソニスにとってエチェバリの料理は「自分の家族がこの地で生きてきたということの表現だ」と前田は言う。地元の食材をガス火ではなく、自然の火で調理したおばあちゃんの料理のおいしさ。外で遊んでいたら煙の匂いがして、もう夕食だなと思うような生活。「そういう感覚を人に伝えたいのだろう」

前田がエチェバリの哲学を会得できたのは、日本の家族のおかげかもしれない。「うちは共働きで、おかんは掃除洗濯、飯を作るのは親父だった。家庭料理だけど、添加物は使わずいりこでだしを取るとか、毎日ちゃんとしたものを食べさせてくれた」と言う。「ご飯は出来るまでみんなが待っているもの、食卓は必ずみんなで囲むもの。そういう家で育った」

前田がそう思い出す家族の絵が、ふとバスク人の食卓の風景と重なる。「家族がいて、畑があって鶏がいて、ご飯をおいしいなと思える。僕が伝えたいのは、それなんです」

世界6位のレストランで開花した前田シェフの哲学。その種は、幼き日に父の手によって植えられていたのだろう。

※当記事は2017年8月3日にアップした記事の再掲載です。

japan_banner500-season2.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中