最新記事
シリーズ日本再発見

活字離れの今、この「活字」と印刷の歴史資料を堪能する

2016年09月23日(金)12時55分
高野智宏

教科書でしか見たことのなかった本物を

 プロローグ展示を抜けた先に広がるのが、同館のメイン展示エリアとなる「総合展示ゾーン」だ。「ここでは誕生から現代にいたる印刷の歴史を大きく5つのブロックに分け、さらにそれぞれのブロックに社会、技術、表現という3つの視点を加えて、印刷と文化の関わりについて多角的な展示を行っている。また、重要な展示物に関しては解説モニターを用意し、動画でも解説している」(石橋氏)

 各ブロックには、歴史的に重要な意味を持つ展示物も多い。例えば、印刷黎明期の仏典などを展示する「印刷との出会い」ブロックでは、印刷された764~770年(奈良時代)という年代が記録に残る、現存する世界最古の印刷物「百万塔陀羅尼」が、約1250年もの時を経て当時と変わらぬ鮮やかな呪文を映し出す。

 これは、時の天皇である称徳天皇が国家の安寧を願い100万枚ほど印刷させたもので、同じく展示されている小塔にひとつひとつ納められ、法隆寺などの寺院に分置された。

 活字誕生期の資料が並ぶ「文字を活かす」ブロックでは、同館のコレクションのなかでも「最も重要なものとなる」(石橋氏)、重要文化財の「駿河版銅活字」が展示されている(冒頭の写真)。日本で最初の銅活字であり、この活字を使って「論語」や「史記」などの古典から治世に関する事項を抜粋・編集した「群書治要」47巻などが刊行されたという。武から文(知)の統治へと移り変わる時代を表す、極めて貴重な資料といえるだろう。

 また、図版の技術が確立された時代の印刷物を展示する「色とかたちを写す」ブロックも充実している。

 フランスの思想家らにより、1751~80年とおよそ30年かけて編纂された「百科全書」。そして、ドイツ人医師のヨハン・アダム・クルスが記した医学書のオランダ語訳「ターヘル・アナトミア」を前野良沢と杉田玄白が翻訳した、日本初の本格的な翻訳書「解体新書」が。さらには、黒船を率いたペリー提督がアメリカに帰国した後に残した公式の記録書「日本遠征記」......。

 歴史的に非常に価値があり、教科書でしか見たことのなかった"本物"を間近に見ることができる悦びはこの上ない。

japan160923-2c.jpg

総合展示ゾーンには、グーテンベルクが発明した西洋式活版印刷術の約150年後に製造された木製手引印刷機を復元したものや、浮世絵の製造行程および環境を再現した錦絵工房。さらには、ポスターなど大判の印刷物の版下を製版用フィルムに転写する「大型懸垂式製版カメラ」(写真右手)など、印刷技術の発展を物語る資料も

現代グラフィックデザインの企画展も

 企画点にも力を入れる同館は、この「総合展示ゾーン」で年に1度、大規模な企画展を開催している。「過去には、国宝2点、重要文化財31点を含む約80点もの書物や版画、版木などを展示した『空海からのおくりもの――高野山の書庫の扉をひらく』展や、ヴァチカン教皇庁図書館所蔵の貴重な中世写本や初期観光本、地図や書簡などルネッサンスの息吹を感じる企画展『ヴァチカン教皇庁図書館展』などを開催し、好評を博した」(石橋氏)

 10月22日からは「武士と印刷」展の開催を予定(~2017年1月15日)。戦国時代や江戸時代に印刷物を制作させた武将や将軍、藩主らに焦点を当て、江戸時代に人気を博した「武者絵」と呼ばれる浮世絵なども展示する。武を本分とする武士たちが、当時の知の象徴といってもいい印刷をどのように治世に活用していたのか。なんとも興味をそそる企画展ではないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハリコフ攻撃、緩衝地帯の設定が目的 制圧計画せずと

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中