コラム

インチキ和食屋に感謝せよ

2013年11月27日(水)09時30分

「こんな店が『ジャパニーズレストラン』を名乗るなんて!」

1年前、ニューヨーク支局に赴任したての頃の私は店名に「ジャパニーズレストラン」や「スシ」と掲げながら日本ではまずお目にかかれない代物を出す「エセ和食屋」に腹を立ててばかりいた。

ニューヨークの和食ブームは引き続き飛ぶ鳥を落とす勢いで、道を歩けば和食屋に当たる。だがそのうち日本人が経営するなどの日系店となると数は絞られ、通りがかりのジャパニーズレストランに入ると中国人や韓国人が経営するアジア系の「なんちゃって」だったということが少なくない(日系かどうかを見分けるポイントの1つは味噌汁で、「れんげ」が入って運ばれてきたときは大抵アウト。「ミソスープ」という感覚だとれんげが入る)。

日系でなくても、(サービスに関しては百歩譲るとして)味が良ければ文句は言わない。だがこうしたエセ和食屋で出てくる料理は、少なくとも日本で出したら突っ込みどころが満載ということがほとんどだ。例えば、ニューヨークの和食屋ランチメニューにお馴染みの「照り焼きサーモン」弁当ボックス。日本で言うところの「塩鮭定食」的な位置付けだが、ほとんどの店で付け合せとして出てくる焼売や餃子は冷凍食品をチンしただけだし(冷たいこともある)、カリフォルニアロールの中身はカニカマ、アボカド、キュウリと海苔だけ。一度照り焼きサーモンが生焼けだったことがあり店員にその旨伝えたら、数分後に熱々になったお皿が運ばれてきた。サーモンは先ほど手を付けたままの形だし皿の上のわさびがカピカピになっているところを見ると、皿ごと電子レンジで温めたのが一目瞭然。日本ではなかなか出来ない体験に、これはもう笑うしかなかった。

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そのため1年前の自分だったら、このほど発表された「和食がユネスコの無形文化遺産に登録される見通し」というニュースを「エセ和食ではなく本物の和食を世界に伝えるチャンス」と受け止めたかもしれない。要はかつて、海外で出回るエセ和食を憂いた農林水産省がまっとうな日本食レストランを「正しい和食」と認証する制度を構想したのと同じ発想だ。裏を返せば海外の「なんちゃって和食屋」をあぶり出すことになるこの制度は欧米メディアから「寿司ポリス」と大バッシングを受けて頓挫したが、当時の政府も1年前の自分も、根底にあったのは「本物の和食以外は迷惑」という幾分排他的な発想だったと思われる。

だが半年前、ニューヨークに海苔を卸している日本食材メーカーの駐在員さんの言葉を聞いてその発想が変わった。私が寿司ポリスさながらに「日本に行ったことのない人がエセ和食屋でお寿司を食べて『アイラブスシー!』とか言っているのは本当に残念。エセ和食に憤慨することはありませんか」と聞くと、「いやー、そういうお店のおかげで僕らは儲けさせてもらってますから」と一笑に付されてしまった。和食ブームで日本食材メーカーが儲かるのは分かるが、そのブームを下支えしているのは実は乱立するエセ和食屋のほうかもしれないというのは盲点だった。ニューヨーカーの中には、日本人経営の高級寿司屋に行ったことがなくても週1回は街角のデリでランチに寿司を買う、という人も少なくない。何であれ和食的な物が売れれば日本食材メーカーが儲かる――私が初めてエセ和食屋に感謝した瞬間だった。

06年の寿司ポリス騒動から7年、インチキ和食を敵視していた農林水産省もその存在価値を認め始めたのだろうか。政府は和食のユネスコ無形文化遺産への登録をきっかけに海外における和食ブームを後押しし、日本食材の輸出を拡大する構えだという。和食を日本の輸出産業として売り込もうというわけだが、輸出先として数では日系店より圧倒的に多いエセ和食屋は大口のお客様に他ならない。そもそも和食をユネスコ無形文化遺産登録に申請したきっかけは国内における日本人の和食離れであり、海外のブームにあやかって逆に危機に瀕した国内の和食を救おうというのだから、かつて寿司ポリスが取り締まろうとした和食屋にはますます頭が上がらない。

■「なんちゃって」が身近なきっかけに

とはいえ気になるのは、「何をもって和食と言うか」「日本が世界に売り込みたい和食とは何か」という点だ。

ユネスコに無形文化遺産登録されるのは「和食 日本人の伝統的な食文化」であり、ここでいう「和食」とは一汁三菜を基本的献立とするような日本の家庭料理だという。一方で日本で見かける「和食」と言ったらコンビニでも買えるカツ丼、そば、おでんなどから料亭で出される高級懐石、さらにはルーツを海外にもつラーメンやカレーライスまでさまざまだ。ユネスコの定義に透けて見えるのは日本で廃れつつある「古き良き和食」を復興させようという伝統回帰だが、この限定的な定義を輸出産業としての「和食」にまで当てはめてしまうと海外で和食への門戸を狭めることになりかねない。

例えばニューヨークで数年前から大人気の「和食」と言えばラーメンだが、ブームの火付け役となった「モモフク・ヌードル・バー」のシェフは韓国系アメリカ人だ。一部の日本人からはモモフクのラーメンは「異国風」だという辛口な声も聞かれるが、この店が外国人の間で人気になったことがきっかけで「日本のラーメン」に光が当たったこともまた事実。ではラーメンは本当に「和食」かと言えば起源は中国だが、日本人の中で「本物のラーメンを食べたい」と言っ て中国を目指す人はほとんどいないだろう。ラーメンはそれほど日本の食文化に深く根を下ろしているし、外国人のラーメンファンも「本物のラーメンは日本にあり」と思っている。ここではむしろ、「本物か」よりも「本場か」どうかという議論のほうがしっくり来るのかもしれない。

日本政府観光局(JNTO)によれば外国人観光客が「訪日前に期待すること」の1位は「食事」だというが、この大部分の人にとって和食との出会いがエセ和食屋だったとしても、日本の中にもイタリア人が食べたら怒りそうなピザ屋やパスタ屋があったり、そうしたピザや美味しいパスタを食べた日本人がいつか「本物」を食べたいとイタリアに行くように、「なんちゃって」がきっかけになればそれでいいのかもしれない。海外の「本物」の和食屋は日本の高級フレンチさながらに高額ゆえ、身近なきっかけになりにくいのに対してエセ和食屋は価格帯もお味に見合ったチープさのためより敷居の低い入口となり得る。(ちなみにニューヨークの日本人の間ではエセ和食屋よりも、高いくせに味は普通といった日系のぼったくり和食屋に対する風当たりのほうが強い)

そう考えると、ニューヨークではスシが日本でいうサンドイッチのように市民権を得、形を変えて人々の日常に溶け込んでいる様を見るのも悪くない。あとで知ったことだが実はアメリカ発祥の元祖カリフォルニアロールはカニカマ、アボカド、キュウリと海苔だけが主流だというから、私が日本で食べていた「サーモン入り」などのほうが日本でアレンジされた「エセ」だった。元祖カリフォルニアロールは生魚に抵抗がある外国人向けに考案されたことを考えると日本のサーモン入りは反則に等しいが、ご当地ウケを狙っての創意工夫だからそこはご愛嬌だろう。

和食が国境を越えて進化しすそ野を広げることは、歓迎こそすれ憂うべきではない。外国人が発見した和食の新たな魅力を、日本に持ち帰って再発見するのもいいだろう。既に政府は世界各地で日本食セミナーを行うなど積極的な和食輸出に乗り出しているが、こうした動きが日本から外国へという一方的なものに留まらず、未来のカリフォルニアロールを生む双方的な「和食交流」になることを期待したい。もちろん本音を言えば、海外に巣立った和食には味や質を落とさずに成長してほしいというのが親心なのだが。

――編集部・小暮聡子(ニューヨーク)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

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