コラム

バットマンと銃乱射の不毛な関係

2012年07月25日(水)10時00分

「俺はジョ--カ--だ」

 7月20日、米コロラド州オーロラで銃乱射事件を引き起こしたジェームズ・ホームズ容疑者(24)は逮捕直後、警察に対してこう語ったという。

 ジョーカーと言えば『バットマン』シリーズに欠かせない悪役の1人。犯行当日、ホームズは髪の毛をジョーカーさながらに赤く染め、全米公開が始まったばかりのシリーズ最新作『ダークナイト・ライジング』を上映している映画館で狂気の行動に出た。

 犯行の動機はいまだ不明だが、外見からは分からない凶悪さを備えていることは確かだ。犯行後に捜査が入ることを見越して、ホームズの自宅アパートには30を超える爆発物などの「罠」が仕掛けられていた。同じ部屋に、バットマンのポスターやマスクも残されていたという。

 こうした事件が起きるたび、映画のシーンやキャラクターが現実社会の犯罪の引き金になるかという議論が行われてきたが、いつも不毛な気がするのはなぜだろう。結論が「NO」だということは誰もが分かっているからではないか。

 確かにこれまでも、スケールはさまざまだが映画を模倣した事件は何度となくあった。81年に起きたレーガン米大統領暗殺未遂事件の犯人が、『タクシー・ドライバー』の主人公トラビスを模して犯行を起こしたことはあまりにも有名だ。

 09年にニューヨーク・マンハッタンのスターバックス前で起きた爆発事件では、犯人の17歳の少年は映画『ファイト・クラブ』を真似たと供述した(同作では、ブラッド・ピット演じる主要キャラクターがスターバックスを攻撃する場面がある)。

 でも、そうした作品がなければ事件が起きなかったかといえば、そんなはずはない。映画は犯行をあおるのではなく、ただ犯人を含めた普通の人々を取り巻く現実社会のリアルな何か----孤独、社会への不満、言葉では説明しがたい渇望----をとらえているだけだ。

『タクシー・ドライバー』も『ファイト・クラブ』も過激で暴力的な描写が多くて、明るく健全な映画では決してないけれど、社会の暗部に光を当て問題を提起するという意味では、いずれも上質で勇気ある作品だ。

 こうした作品が「時代遅れ」になって初めて、悲劇を繰り返さない可能性が生まれる。

----編集部・佐伯直美


『時代を刻んだ映画300』

 ニューズウィーク日本版9/7増刊号
『時代を刻んだ映画300』発売中

<ご購入はこちら>
または書店、駅売店にてお求めください。

<WEB独占記事へ>
ロンドンより面白い!映画で見るオリンピック


プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

イスラエルのガザ市攻撃「居住できなくする目的」、国

ワールド

米英、100億ドル超の経済協定発表へ トランプ氏訪
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story