- HOME
- コラム
- From the Newsroom
- 原発と生きる道はいらない
コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
原発と生きる道はいらない
「原発のある町」で育った。実家から原発までは8キロの距離。同じ町に暮らす祖父母の家からはわずか1.5キロ、少し高台にある畑からは原発の排気口が見える。
約45年前、原発の建設計画が発表された。町は賛成と反対に二分された。近所同士、親戚同士でも意見は割れた。文字通り「原発を抱えることになる」祖父母の集落では、住民投票が行われた。だが開票直前に県(町)が介入。投票箱が開けられることはなかった。電力会社は住民の説得に菓子折り以上のものをちらつかせた。ひとり、またひとりと反対派が減っていった。
着工から5年、運転が始まった。町内の全戸に小さなスピーカーが備え付けられた。原発で何か異常が発生した際、「真っ先に情報が伝わるように」と。でもこのスピーカーから、本当に必要な情報が入ってきたことは一度もない。何かトラブルがあっても、住民が知るのは後日、数カ月後に新聞で。臨界事故は8年間、隠蔽されていた。いつの頃からか、祖母は畑仕事に行くたびに、あの排気口から変な煙が出ていないか気にするようになった。
よく「安全神話」と言われるが、原発が安全だと思ったことは一度もない。電力会社に対しては「不信感」の一言しかない。
分かっている。いま原発が日本の電力供給の3割を占めていること。いま国内の原発を一斉停止するわけにはいかないことも。
でも、このまま原発依存を続けていいのか。これまでどおり、日本は資源がないから、温暖化ガス削減にも有効だからと、「原発ありき」でエネルギー政策を進めれば、結局は「津波対策を万全にしました」で終わるだろう。安定供給ができるクリーンなエネルギーは本当に原発しかないのか。
原子力の代わりとして期待される再生可能エネルギーは、日本ではあまり普及していない。コストや安定供給が課題だとされる。しかし千葉大学の倉阪秀史教授(環境政策)は、日本の自然条件はむしろ再生可能エネルギーに適していると語る。日本の地熱資源量は世界3位、降水量は世界6位。地熱と小水力発電については、比較的安定した供給が見込めるという。これに夏の冷房需要のピーク時には太陽光、冬の暖房需要のピーク時にはバイオマス(林地残材などを原料とするペレットストーブ)の供給を上げれば良い。ちなみに日本の日射量は、太陽光発電大国ドイツより多い。多様な再生可能エネルギーをそれぞれの「性質に応じて計画的・戦略的に組み合わせて活用していけば不足分は賄える」と、倉阪教授は言う。
再生可能エネルギーに比べて原子力は発電コストが安いと言われるのにも、からくりがある。国策として推進されてきた原発には、多額の補助金や交付金が充てられてきた。さらに使用済み核燃料の再処理費用や高レベル放射性廃棄物の処理費用など「バックエンドコスト」と呼ばれる巨額の経費は電気料金に上乗せされている。立命館大学の大島堅一教授(環境経済学)の試算によれば、06年から徴収されている再処理関連費用は、平均的な1世帯あたり月200~250円。だが電気料金の請求書に「再処理コスト」として明示されているわけではいない。この負担を知っている消費者はどれだけいるだろう。
大島教授は、再生可能エネルギーを普及できるかどうかは、国の理念や政策、制度設計次第だと言う。原発の一斉停止は無理でも、今後10~20年かけて老朽化した原子炉から一基ずつ廃炉にしていくのは、そんなに非現実的な話ではないはずだ。その間に再生可能エネルギーの利用拡大を図ればいい。安定供給につながる技術だって今以上に向上するはずだ。普及促進のためにはそれなりのコストも掛かるし、自然に左右されるリスクも残るだろう。でもそれは、手詰まり状態の原子力サイクルに掛かる甚大なコストと放射能事故のリスク以上の負担であり脅威なのだろうか。
いま岐路に立っているのなら、私は自然と生きる道を選びたい。原発と生きる道ではなく。
──編集部・中村美鈴
この筆者のコラム
COVID-19を正しく恐れるために 2020.06.24
【探しています】山本太郎の出発点「メロリンQ」で「総理を目指す」写真 2019.11.02
戦前は「朝鮮人好き」だった日本が「嫌韓」になった理由 2019.10.09
ニューズウィーク日本版は、編集記者・編集者を募集します 2019.06.20
ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか 2019.05.31
【最新号】望月優大さん長編ルポ――「日本に生きる『移民』のリアル」 2018.12.06
売国奴と罵られる「激辛トウガラシ」の苦難 2014.12.02