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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
サービス依存症が日本をダメにする
通勤途中でいつも立ち寄るベローチェの店員さんたちはすごい。Lサイズのブレンドコーヒー210円の客なのに、まるで銀座あたりの馴染みのバーに来たみたいだ。こちらの好みがブラックで、レシートという紙ゴミは見るのもいやなくせに袋は手提げが欲しい、ということを覚えてくれている。
ベローチェに限らず、近頃の日本のサービス業では安かろう悪かろうの常識は通用しない。しばらく前から既にかなり腰が低くなっていたタクシーは、今や走るホテルのよう。スーパーサルーンなどのいい車を使った黒塗りが増えて乗り心地も快適になっている上、ワンメーターでもイヤな顔一つしないどころか執事並みに丁寧だ。先日は710円の料金に1000円札を出したら300円のお釣りをくれた上に、「十円玉が不足しているものですから申し訳ございません」と謝られてしまった。
安いのにVIP待遇。サービスの受け手としてはこたえられない。こたえられないから増長する。ベローチェの次に寄るローソンでは、レジに列ができると即座に別の店員が駆けつけてもう1つのカウンターを開けてくれる。だが並びのセブンイレブンではそれをしてくれないので、2度と行かなくなった。年中無休のレストランチェーンや居酒屋チェーンに慣れたせいで、たまに行った店が定休日だったりすると理不尽に感じて腹を立てる。サービス依存症だ。
だが依存症は消費者全体の傾向で、しかもそれを煽っているのはサービス業界のほうだというフシがある。ある中堅スーパーで働く友人によると、スーパーの業界団体は今通称「レジ試験」なるものを全国に展開しようとしている。試験の内容を聞くと、レジ試験といよりまるで女優のオーディション。実技試験では試験会場に置かれたレジの前に立ち、試験官を相手に接客する。バーコードのスキャンの速さを秒単位で測るなど技術面も問われるが、もっと大事なのは「笑顔とアイコンタクト」、「明るい声とイントネーション」。目をカァっと見開き口角を上げて「いらしゃいませ~!」
これが3級で、2級になると客が2人に増える。後ろにお客様が待っているときは、愛想はそのままでもより素早く接客しなければならない。1級になると、そこにクレーム対応が加わる。
友人は昨年初めて会社負担で受験したが、今年は個人負担で受験を奨励された。検定料は1万6000円。ただでさえ忙しいのに睡眠を削って受験勉強したようだ。小売り全体が売り上げも伸びず、まして利益も上がらないなか、なぜここまでするのか。「価格競争が限界に達した」からだと、業界団体のホームページにはある。「ホスピタリティー」というハイカラな言葉も見える。値下げ競争が行き着くところまで行き着いて、サービスで差別化を図るしかないということだろう。
だが一個何十円~何百円の商品を扱う商売で、執事や女優並みの演技を磨いても、かつて日本だけの悪習と批判された「過剰包装」と同じでムダなのではないだろうか。しかもすべてのスーパーやコンビニが一斉に同じ接客競争を始めたら、教育コストは上がり消費者は付け上がるという不毛のスパイラルに陥りそうだ。過剰サービスの安売りチェーンが日本の新たな輸出品になりうるのなら別だが、そこまで極めて欲しいと思うのは日本人だけのガラパゴスなのではないか。
どうせ競争をするなら過剰サービスではなく、地元の酒店ではコストが高過ぎて続けられない独居老人への宅配サービスなど、本当に必要とされているものを実現させるために知恵を絞ってほしい。価格競争がだめならサービスで、というのは不毛だし短絡的過ぎる。
いつか210円のVIP待遇やホテル並みのワンメーター・タクシーを失う日がくるとしたら、今の快適さが失われ、イラついたりもすると思う。だがもしそれが景気がよくなって外食も小売りもタクシーも必要以上に客にへつらわなくてもよくなったせいだとしたら、そのほうが今よりは健全だろう。
──編集部・千葉香代子
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