コラム

「一兵卒」小沢一郎の終わり

2010年09月15日(水)12時21分

 民主党代表選が終わった。結果は事前の日本メディアの票読み通り。選挙で敗れた後、小沢前幹事長は「一兵卒として民主党政権を成功させるために頑張っていきたい」とあいさつしたらしい。「しばらくは兵を引く、という宣言」と評した全国紙もあるが、むしろ逆だろう。「一兵卒」とはいえ、兵だから銃を持っている。つまりはまだまだ戦う、という意思表示だと見ていい。

 しぶとい人だ。「指導力がない」とか「経済無策」とか、かなりボロクソに言われても(少なくとも見かけは)馬耳東風の菅首相もそうとう図太い方だが、政治とカネの問題で叩かれまくり、同日発売の週刊誌2誌に「女性」問題を書き立てられ、そして一世一代の選挙で大敗してなお政治をあきらめていないとすれば、小沢氏には「諦念」という感情が欠如しているとしか思えない。

 ただ本人がいくら諦めていないといっても、今回の代表選の結果を見れば小沢氏が今後復活する目がほとんどないことがすぐ分かる。選挙のカギを握るとみられていた党員・サポーター票で小沢氏は51ポイントしか取れなかった。菅氏の249ポイントのわずか5分の1である。

「得票数の生データだと接近している」という反論もあるかもしれない。だがそれぞれの得票数は小沢氏9万194人、菅氏13万7998人で、菅氏は小沢氏の1・5倍もあった。「1・5倍しか」ではない。「1・5倍も」だ。通常の選挙で追い風もなしに1・5倍の差をひっくり返すのがいかに難しいかは、「選挙の鬼」である小沢前幹事長自身が一番よく知っているはずだ。

 党員・サポーター票はもちろん完全に一致してはいないが、ある程度世論の動向と連動していると見ていい。「世論」が小沢氏にノーを突きつけたということは、つまりは小沢首相では次の総選挙には勝てない、ということである。党員・サポーターの支持を集められない人が、一般有権者の票を取れるはずがない。地方議員票でも国会議員票でも菅氏に勝てなかったのは、つまるところ議員にとって「小沢首相」は恐怖でしかなかったのだろう。

 円高の「危機的」状況から見て、世論は「小沢首相」の豪腕に期待する、という推測もあったが、結果的にそうはならなかった。救世主による閉塞感の打破を期待するなんて、まるでヒトラーと抱擁した1933年のドイツ国民みたいだと思っていたが、まだ日本人には「自分たちで何とかしよう」という健全さが残っているのかもしれない。

 47歳で自民党幹事長を務めた小沢氏も今年68歳。本人はまだ意気軒昂なのかもしれないが、古稀まであと2年という高齢で、これまで20年かかってできなかった国民の支持を集めるという「難行」が実現できるとは思えない。

 ちなみに1987年、愛弟子だった小沢氏らによる経世会の旗揚げによって事実上政治生命を絶たれたとき、田中角栄は69歳だった。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏、聴取録音公開を拒否 記憶力低下指摘の機

ワールド

中ロ首脳会談、対米で結束 包括的戦略パートナー深化

ビジネス

米鉱工業生産、4月製造業は0.3%低下 市場予想下

ビジネス

米4月輸入物価、前月比0.9%上昇 約2年ぶり大幅
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 3

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃のイスラエル」は止まらない

  • 4

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 5

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 6

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 7

    2023年の北半球、過去2000年で最も暑い夏──温暖化が…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    仰向けで微動だにせず...食事にありつきたい「演技派…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story