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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
男でも女でもない「中性」容認の波紋
同性愛者の結婚や性同一性障害者の性別変更などさまざまな権利を勝ち取ってきた性的マイノリティーの戦いに、また新たな一ページが記された。3月中旬、シドニー在住の48歳の人物が、男性でも女性でもない「中性」であると公式に認められたのだ。
イギリス生まれのノリー・メイ=ウィルビーは男の子として育ったが、28歳で性転換手術を受けて女性に。それでも、「女として扱われるほうがましだけど、女性という分類もしっくりこない」と感じたメイ=ウィルビーは、胸を大きくするホルモン剤の投与を中止し、「中性」として生きることを選択。イギリス当局に出生証明書の性別表記の変更を求めてていた。
身体的特徴を精査しても「男女のどちらにも分類できない」という医師の判断が1月に出たことが後押しとなって、当局は出生証明書の変更を容認。これを受けて、メイ=ウェルビーが住むオーストラリア・ニューサウスウェールズ州当局は、メイ=ウェルビーに関するあらゆる公的書類で「性別を特定せず」(sex not specified)の表記を認める決定をした。
この決定の影響は、メイ・ウェルビー個人にとどまらない。「男か女か」の二者択一に違和感を感じている人は大勢いる。同じような認定を受けるケースがオーストラリアで増えれば、「性別を特定せず」という第3の性が世界的に広がるかもしれない。すでにイギリスでは「性別を特定せず」の認定を求める訴訟が進行中で、この訴えに共感したイギリス人の欧州議会議員が、そうした人々の存在を法的に認知し、保護するよう欧州議会に提案している。
世の中に「中性」の人が増えはじめると、ジェンダー論争や生命倫理の議論が再び燃え上がるだろうが、それ以外にも思わぬところ──たとえば英語の人称代名詞の使い方──にも影響を及ぼしそうだ。
英語では文法の制約上、対象者が男性か女性かを明確にしなければならない場面が多く、特定の人物に関する話をhe/she、 his/herなどの人称代名詞を使わずに書くのはかなり難しい(日本語でも、「彼」「彼女」などを一度も使わずにこの記事を書くのは、意外と厄介だった)。
では、どうするか。性別がわからない(または明記したくない)場合の表記をめぐっては長い歴史があり、he or she、 his or herなどと併記する方法、まとめてheで代用する方法(当然、フェミニストの強い反発があった)、単数でもtheyを使う方法など色々な工夫がされてきたが、どれも十分には定着していない。
メイ=ウィルビーに関する記事をウェブ上で拾い読みしていると、zieやhirといった見慣れない単語をあちらこちらで見かける。これは、「ジェンダーフリー」な人称代名詞として編み出されたものの一つで、he/sheに相当する主格にはsie, zie, ze, zheなど、his/herに相当する所有格にはhir, zirなどがある。sieやhirには多少女性的なニュアンスを感じとる人もいるため(スペルがsheやherに似ているから)、最近は z で始まるバリエーションがやや優勢だとか。ちなみに、メイ=ウェルビー本人はzieを好んでいるらしい。
もっとも、こうした表現が頻出するのは、性的マイノリティー向けのメディアやフェミニスト系ブログ、オルタナティブ志向のオンライン雑誌などがほとんど。一方、大手メディアは名前を繰り返したり、the Briton(そのイギリス人)、the expat(その移住者) などの表現を使って、なんとか体裁を整えている。
ジェンダーフリーな人称代名詞はいずれ、「正しい英語」として広く使われるようになるのだろうか。その広がり具合をみれば、メイ=ウィルビーのような「中性」の存在がどのくらい市民権を得るようになったかも推し量れそうだ。
編集部・井口景子
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