コラム

なぜイギリスは良くてフランスはダメなのか? 大地震でもモロッコが海外の救助隊を拒む理由

2023年09月15日(金)14時40分

フランスはなぜ拒絶されたか

その一方で、モロッコ政府の判断には政治的な理由も指摘される。

とりわけ注目されるのが、これまでモロッコと深い関係を築いてきたフランスが救助活動を認められないことだ。

フランスに本部のあるNGO「国境なき医師団」は地震発生から24時間以内にモロッコに入ったが、13日現在でまだ活動を認められていない。

また、フランス政府から公式に救助隊派遣の申し出があったにもかかわらず、モロッコ政府はこれに返答さえしていないとも報じられている。

これに関してフランスでは「モロッコ政府は国民を見殺しにしようとしている」といった反発も高まっている。

かつての植民地を中心にアフリカ一帯でフランスは大きな影響力を握り、モロッコとも政治、経済のあらゆる面で深い結びつきがある。

ところが、近年では両国の関係悪化が深刻だ。その根本的な理由はモロッコがフランスの影響力から抜け出し、国家としての独立性を確立しようとしてきたことにある。

フランスはヨーロッパ諸国のなかでほぼ唯一、アフリカ大陸に常設の軍事基地を構えてきた。その主な目的は大陸に暮らす約100万人のフランス人の安全とフランス企業の利益を守ることにあり、そのためにはアフリカ各国の内政や内戦にもしばしば介入してきた。

こうしたフランスに対する拒絶反応は近年アフリカで強まっており、2020年から相次いだマリ、ブルキナファソ、ニジェール、ガボンなどでのクーデタはいずれもフランス寄り政権の打倒であった。

モロッコの場合、フランスとの関係悪化は今年2月、駐フランス大使が召喚されたことでピークに達した。2021年7月にモロッコ政府がスパイウェアを用いてマクロン大統領の携帯電話から情報を抜き取ろうとしていた疑惑が浮上したことで、両国の関係は極度に悪化したのだ。

こうした背景から、モロッコがフランスの申し出を無視したとしても不思議ではない。

寝た子を起こさないため

ただし、それだけならフランスの救助隊を排除すれば済む話で、他国の申し出まで断る理由にはならない。

モロッコ政府がフランスだけでなく外国の救助隊の受け入れに消極的であることには、国内の状況が広く知れ渡ることへの警戒もうかがえる。

今年2月に大地震に見舞われた後、トルコはモロッコと対照的に数多くの救助隊を受け入れた。しかし、そのうちのドイツとオーストリアの救助隊が「現地の治安情勢の悪化」を理由に活動を停止したことで、トルコがもともと抱えていた問題が表面化した。

トルコでは数十万人規模で受け入れているシリア系難民をめぐり、もともと国内で不満が募り、嫌がらせなども増えていたが、大地震後にこれがエスカレートして難民への襲撃や暴行が相次いでいたのだ。

これに代表されるように、国内の問題を外国の救助隊に「騒ぎ立てられる」ことへの警戒は多くの国が抱えるものだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story