コラム

マグロ値上がりの危機?──アフリカ新興海賊の脅威

2021年03月12日(金)15時50分

それにともない海賊が中国船を襲うことも増えており、リスク調査企業グライアッド・グローバル社によると、2018年2月から2020年11月までの間だけで、ギニア湾周辺で少なくとも34人の中国人が誘拐された。このうち、昨年11月には14人の中国人を含む27人が標的になり、近年最大規模の事件となった。

そのため、中国でも海運業者などの間から中国政府に軍事介入を求める要望があがることは不思議でない。これに対して、中国政府はソマリア沖では中国船の警備などを行なっているが、ギニア湾に関してはこれまでのところ自国の船舶に警戒を促す以上の対応に踏み込んでいない。

日本で供給されるマグロの1/4

日本の場合、そもそも「ギニア湾」に聞き覚えすらない人も多いかもしれない。しかし、この問題は日本にとっても無縁ではない。

この一帯はマグロ類の漁獲量が多く、寿司ネタでお馴染みのクロマグロ(本マグロ)の場合、日本の漁船が獲ったものと外国船が獲ったものの輸入品を合わせて、年間約1万トンがギニア湾を含む大西洋から運ばれてくる。これは国内供給量のおよそ1/4に当たる。この他、この海域はキハダやビンナガの大産地でもある。

そのため日本の漁船も多く、やや古いデータだが2013年上半期の段階で、ギニア湾を通過した漁船の数で日本は上から3番目だった。

これに加えて、資源の輸入にも支障が懸念される。東日本大震災の後、日本では火力発電所への依存度が深まった結果、ナイジェリアからの天然ガス輸入量が増え、これまでのピークだった2015年には日本の天然ガス輸入全体の4.4%を占めた。

対策より海賊が増えるペースは早い

ギニア湾の海賊が注目され始めたのはこの10年ほどのことで、いわば最近になって目立ち始めたものだ。

国連安全保障理事会は2011年、西アフリカ諸国による海賊対策を支援することを決議した。これを受けて2013年にはギニア湾岸の各国が海洋犯罪の取り締まりに関するコトヌー行動規範を締結し、情報の共有などの協力を進めてきた。

これを踏まえて、日本も2014年、ギニア湾での海賊対策などを目的に100万ドルを国際海事機関(IMO)に提供している。

また、2019年8月に来日したナイジェリアのブハリ大統領は安倍首相(当時)に海賊対策や違法漁船の操業などへの支援を求めた。これに対して、日本政府は30万ドルをナイジェリア国防大学に提供することなどを約束した。

しかし、こうした懸念と対策をはるかに上回るペースで、海賊の活動は急速にエスカレートしている。

「ビジネス」としての誘拐を生む背景

なぜ、ギニア湾でこれほど海賊が増えたのか。その最大の要因は貧困の悪化だ。

資源開発を中心にアフリカへの関心が高まったのは2003年頃からのことで、それにつれてアフリカ向け投資も世界中から集まるようになった。

しかし、投資の増加はアフリカに、空前の好景気だけでなく副産物ももたらした。資源開発はほとんど雇用を生まなかったにもかかわらず、急激にインフレが進んだことで多くの人々の生活はむしろ悪化したのである。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領「平和だけ考える義務ない」、ノーベル

ワールド

高市首相23日解散表明、投開票2月8日 与党過半数

ワールド

トランプ氏のグリーンランド関税、貿易戦争再燃の懸念

ワールド

英首相、グリーンランド巡り冷静な協議呼びかけ トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で国境問題が再燃
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    DNAが「全て」ではなかった...親の「後天的な特徴」も子に受け継がれ、体質や発症リスクに影響 群馬大グループが発表
  • 4
    AIがついに人類に「牙をむいた」...中国系組織の「サ…
  • 5
    シャーロット英王女、「カリスマ的な貫禄」を見せつ…
  • 6
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 7
    「リラックス」は体を壊す...ケガを防ぐ「しなやかな…
  • 8
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 9
    中国ネトウヨが「盗賊」と呼んだ大英博物館に感謝し…
  • 10
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 1
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 2
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 6
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 7
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 8
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story