ふるさと納税の「趣旨」を語る白々しさ
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<ふるさと納税で現金を受け取れるとうたった「キャシュふる」が3日で終了となった。総務省は「制度の趣旨」から外れたと言うがそうだろうか。返礼品競争と利益追求に自治体と人々を巻き込んでいるのは一体誰か>
ふるさと納税の返礼品の代わりに現金を受け取れるとうたった「キャシュふる」が、6月8日の公開後わずか3日で返金、サービス終了へと追い込まれた。所管する総務省が「制度の趣旨」から外れるとの見解を迅速に示したことも大きかったようだ。
だが実際、返礼品の代わりに現金を受け取れるという仕組みは、ふるさと納税の実際の「趣旨」からどれだけ外れているだろうか。
そもそも、ふるさと納税は「ふるさと」でも「納税」でもない。自分が選んだ自治体に寄付をすると、そこから2000円という少額の自己負担を除いた額が住民税などから控除され、さらに多くの場合は自治体から肉や家電などの返礼品がもらえるからお得だという仕組みである。
今や誰もが知っていることだが、利用者の多くは総務省の言う「恩返し」としてではなく、節税の手段として使っているにすぎない。
自治体間ではふるさと納税をめぐって激しい奪い合いの構図になっており、その競争を勝ち抜く手段として換金性の高い商品やギフト券などを用意するところもたびたび出てきた。
従って、現金の受け取りを訴求した「キャシュふる」には確かに一定の新しさがあったものの、そもそもふるさと納税ってそういうものだよねという認識は元からあったのだ。
自治体側には返礼品の調達コストやふるさと納税サイトに支払う手数料などがかかるため、日本社会全体としては、この制度を通じて公的なサービスに回せる実質的な金額の合計は目減りする。だが、個別の自治体や個人にはこのゲームから降りる動機付けがなく、むしろ参加しないと損をする構図になっている。
つまり、全体を犠牲に個が得をする状況を政府が創出し、その渦中に自治体も個人も巻き込まれているわけだが、かといって全ての個が得をできるわけでもなく、むしろゲームに参加しない個や負けた個は損をする。さらに、高所得者ほど多く寄付ができ、多くの返礼品を受け取れるという設計も不公正さを増している。
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