コラム

「本物より本物らしい世界の終焉」を捏造した杉本博司

2022年09月09日(金)17時05分
杉本博司

施工中、大石が設置される前の護王神社(撮影:杉本博司)

<ワールド・トレード・センター崩壊を目撃し、自らの死とも対峙することとなった杉本は、護王神社再建にどのように向かい合ったのか?>

規格外の現代アーティスト、杉本博司が語る「因縁」とは何か から続く。

護王神社再建から建築へ、そして江之浦測候所へ

2001年頃からは、杉本自身もC型肝炎で自らの死と対峙することとなる。そうした中で着手するのが直島の護王神社再建である。

水軍高原氏が築いた直島城の裏門を守護する役目で、17世紀に現在地につくられたと伝えられる護王神社は、老朽化が進み、2000年頃には拝殿の倒壊にまで至っていた。それをアーティストが空き家など生活空間を作品化する「家プロジェクト」の枠組みのなかで改修することとなり、杉本に託された。

杉本は、複合的に古神道の要素を取り入れ、神の宿る空間にふさわしい比率を念頭に、古墳のような地下が、地上の神社と光でつながるというコンセプトを設定。この、作品でありながら直島本村の歴史を背負った地元の人のための神社の再建とともに杉本も病を克服。これを契機に彼の建築活動も本格化していき、2008年には古い素材が最も新しいという考えに基づく新素材研究所を設立するに至っている。

続いて、杉本は神社の参道を、近隣の島に作ることを提案する。この、一人だけが泳げる100メートル1レーンの禊プールを神社の参道とする壮大な案は、実現には至らず、ベネッセアートサイト直島代表である福武總一郎の示唆もあり、自ら小田原に作ることになったのが、「小田原文化財団 江之浦測候所」である。そうして、禊プールの基本的アイディアは、江之浦の「夏至光遥拝100メートルギャラリー」に引き継がれ、見事に実現されることとなった。

miki202209sugimoto-2-2.jpg

杉本が近隣の島に設置を提案した参道案シミュレーションイメージ

miki202209sugimoto-2-3.jpg

江之浦測候所の夏至光遥拝100メートルギャラリー©小田原文化財団

一方、直島では、2006年完成のベネッセハウス パークのホワイエ空間などに、桃山時代の長谷川等伯の名作を皇居の松の写真で再現した《松林図》や《光の教会》(設計:安藤忠雄)、《ワールド・トレード・センター》といった、モノクロームの「建築」シリーズなどを配して鎮魂の間をイメージした展示が行われる。そしてこれが、「杉本博司ギャラリー 時の回廊」のもとになっていった。

miki202209sugimoto-2-4.jpg

杉本博司《光の教会》2005年©Hiroshi Sugimoto

ちなみに、このギャラリーの整備も、2018年パリのポンピドゥーセンターで開催された「安藤忠雄」展に直島の模型が展示されることとなり、その視察のためパリ入りした福武が、ちょうどヴェルサイユ宮殿での個展設営中の杉本を訪ね、展示作品である《硝子の茶室「聞鳥庵」》内にて二人だけの会談をもったことを契機とする。

miki202209sugimoto-2-5.jpg

《硝子の茶室「聞鳥庵」》内での杉本博司と福武總一郎の会談の様子

またしても幾多の因縁により、茶室の終の棲家が直島となり、さらに多様な作品群を通して自然との対話や時間の体感を深化させることになるのである。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story