コラム

エンターテインメント空間化する中国のEV

2023年03月07日(火)17時44分

車はますます楽しく過ごす空間へ(写真はイメージで、文中に出てくる中華系EVとは関係ありません) chesky-shutterstock

<中国の新興EVメーカーが推し進める車内のエンタメ化を日本車メーカーは軽蔑しているのかもしれないが、EVシフトに乗り遅れ、ICT技術の取り込みも中途半端な日本勢にはどんな武器があるというのか>

中国の電気自動車(EV)がなんかすごいことになっているらしい。

私はもう3年以上中国に行っていないので、自分で実際に乗車したわけではないのだが、日本総合研究所の研究会に参加して中国メーカーのEVの乗車体験ビデオをいくつか見る機会があったので、それらを元にフィクション仕立てで紹介してみたい。

なお、特定メーカーや特定車種の宣伝をする意図はないので、以下の「架空乗車体験」は複数のメーカーのEVの情報をまぜこぜにしていることをあらかじめおことわりしておく。

*****

3年半ぶりの広州だ。空港のゲートを出たら、長年の友人で、ご主人と一緒に旅行会社を経営している李美月さんが出迎えてくれた。李さんの傍らには6歳の息子リーリー君がいた。

「リーリー、大きくなったね!」と息子君に話しかけた。リーリーは「シューシュー(叔叔)」と言ったきり黙ってしまった。前回会った時には2歳だったのだから覚えているはずもないか。李さんがいう。

「ワンチュワン(丸川)、新しい車買ったんだよ。今日はそれで迎えに来たんだ」

「へえ、どこのメーカーの車?」

「ウェイシャオリー(蔚小理)のZXだよ」

「新興メーカーのEVだね。けっこうお高いんでしょ」

「まあまあね。でもとっても面白いんだから」

空港の駐車場でその新車と対面した。中国で最近流行っている街乗りSUVタイプだ。

李さんは自動車のキーを差し込む代わりに、手に持っていたスマホの画面をポチっと押した。するとウェイシャオリーZXのドアが開錠された。

「じゃワンチュワン、後ろに乗って」

李さんは運転席に、リーリーは助手席に、私は後部座席に座った。すると助手席が前へ向かって動き、同時に背もたれも前向きに傾いた。

「顔認識で誰が乗ったのか識別して、その人の体格や好みに合わせてシートが自動的に調整されるのよ」と李さんが解説した。

乗ってまず目を引いたのが前面に有機ELのディスプレイが3つ並んでいることである。ハンドルの前には少し小ぶりのディスプレイがあり、そこには車の速度や蓄電池の残量などが表示される。

運転席と助手席の中間あたり、および助手席側には15インチの大きなディスプレイが二つ並んでいる。私が日本で乗っているトヨタ車についている7インチのカーナビ画面に比べると格段に大きい。

単に画面が大きいだけではなかった。李さんが画面に向かって話しかけた。

「窓を全開にして」

すると4つの窓が一斉に開き、広州の生暖かく湿った空気が入ってきた。

「しばらく風を通してからエアコンをつけるね」といって李さんは車を始動し、高速道路へ向かう道を走り始めた。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

-日産、11日の取締役会で内田社長の退任案を協議=

ビジネス

デフレ判断指標プラス「明るい兆し」、金融政策日銀に

ビジネス

FRB、夏まで忍耐必要も 米経済に不透明感=アトラ

ワールド

トルコ、ウクライナで平和維持活動なら貢献可能=国防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story