コラム

ロシア空軍が新たな「空爆」を開始──洪水対策で

2016年04月20日(水)16時18分

巨大な氷が街に押し寄せる SergeyBogatikov/YOUTUBE

 ロシア軍が新たな空爆作戦を開始した。

 と言っても相手は軍隊ではない。春になるとロシア各地で洪水を引き起こす氷の塊が標的だ。

 冬の間、ロシアの大河を覆っていた厚い氷が溶け出すのがこの季節である。だが、実際には分厚い氷はそう簡単に溶け去るものではなく、いくつかの氷の塊に分裂しながら流れ出して河をふさいでしまう。これが春先にロシア各地で洪水を引き起こすのである。

 筆者はモスクワにあるロシア非常事態省の中央指揮所(国家緊急事態指揮センター)を訪問したことがあるが、その際も衛星画像に写った氷や倒木の状態から「今年はこの辺で洪水が起きそうだ」といった予測作業が行われているところだった。春の洪水は、ロシアにとってそれだけ馴染み深い(しかし厄介な)災害である。

【参考記事】復活したロシアの軍事力──2015年に進んだロシア軍の近代化とその今後を占う

 特に今年は春に入ってからの気温上昇が急激であったため、この現象が普段より激しい形で発生した。特にアルハンゲリスク州からヴォログダ州へと至るセーヴェルナヤ・ドヴィナ川からスホナ川にかけての水系では顕著で、流域のヴェリーキー・ウスチューク市では以下の動画のような状態になっているという。ヴォログダ州がこの規模の洪水に見舞われるのはおよそ20年ぶりとされ、現在、同州の全域で非常事態宣言が出ている。

 これに対してロシア軍が発動したのが、前述した氷への爆撃作戦である。

 ロシア国防省によると、作戦は大規模な洪水が始まった18日から開始された。初日は西部軍管区所属の新鋭戦闘爆撃機Su-34(シリアにも派遣されている)を2機投入し、500キロ爆弾8発を氷の塊に投下。19日にも同様の作戦が実施された。

大型爆撃機から戦闘爆撃機へ

 その模様はロシア国防省系のテレビ局「ズヴェズダー」の動画で閲覧することができる。

 もっとも、以上の動画から分かるように、巨大な氷の塊に対しては如何に500キロ爆弾とはいえ威力十分とは言えない。実は地元の非常事態省もすでに爆発物による氷の除去を試みていたのだが、多量の爆薬を使っても氷の塊を破壊できなかったという。

【参考記事】ソチ五輪開催地の住民が怒るワケ

 このため、空軍も当初は戦闘爆撃機ではなく大型爆撃機を投入し、徹底的な爆撃で氷を破壊することを考えたようだ。しかし、氷が住宅地のすぐそばまで迫っているため危険すぎるということになり、戦闘爆撃機で少しずつ爆弾を投下していく方針に切り替えたとされる。

 ほかの地域でも同じような洪水災害が発生する可能性もあり、ロシア軍の氷との戦いはまだ続きそうだ。


*このコラムの筆者による新著


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ワールド

中国、牛肉輸入にセーフガード設定 国内産業保護狙い

ワールド

米欧ウクライナ、戦争終結に向けた対応協議 ゼレンス

ワールド

プーチン氏、ウクライナでの「勝利信じる」 新年演説

ビジネス

米新規失業保険申請件数、1.6万件減の19.9万件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 5
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story