コラム

ロシアの「師団配備」で北方領土のロシア軍は増強されるのか

2017年02月24日(金)20時00分

15年に北方四島を視察したメドベージェフ首相 Dmitry Astakhov/RIA Novosti/REUTERS

<ロシア軍のクリル諸島への「師団配備」が日本で関心を呼んでいるが、ロシアの思惑は北方領土の防衛より、海軍によるオホーツク海の防衛強化にある>


「クリル諸島」への師団配備を公表

ロシア軍が新たに1個師団を「クリル諸島」に年内に配備するというニュースが大きな注目を集めている。

2月22日にロシア議会の公聴会に臨んだショイグ国防相が明らかにしたものだが、クリル諸島といえば千島列島と北方領土を含むロシア側の名称であるため、これを「北方領土への」新師団配備と解釈する報道も多いようだ。

また、日本政府も「北方四島でロシア軍の軍備を強化するものであるならば」との条件付きでロシア側に遺憾の意を表明したことを明らかにした。

ただし、冒頭で述べたように、ロシア側が発表したのは(北方領土を範囲の一部に含む)「クリル諸島」への師団配備であり、我が国の北方領土に新たな部隊配備を行うと明言したわけではない。

ロシア側は配備を「年内」としているので近く追加情報が出てくると思われるが、まずは現時点での冷静な議論のために、判明していることをまとめておこう。

その上で、実際にありそうなシナリオを筆者から提示してみたい。

ショイグ国防相の発言

まずは、ショイグ国防相の発言であるが、以下の通りと報じられている。

「今年は西部国境及び南東部において3個師団の展開を完了するつもりです。我々はクリルの防衛にも積極的に取り組んでいます。同地にも師団(単数形)を展開する予定で、これも年内に完了することになっています」(タス通信、2月22日)

以上のように、ショイグ国防相は、カムチャッカ半島沖合から北方領土にまで至る約1200kmのクリル諸島のうち、どこにどのような師団を配備するかには一切言及していない。

ただし、「師団」となれば、防空部隊やミサイル部隊ということは考え難い(こうした部隊は通常、連隊や旅団として編成される)。また、前段に出てくる「西部国境及び南東部」の3個師団についてはロシア軍が対NATO・ウクライナ向けに増強している陸軍部隊のことを指すと思われる。

こうした文脈からするに、ショイグ国防相はなんらかの新たな地上部隊をクリル諸島に配備することを示唆していると考えられよう。

北方領土配備の可能性は

では、それが北方領土に配備される可能性はあるのか。

小欄でも幾度か取り上げているように、ロシアはソ連崩壊後も北方領土に1個師団(第18機関銃砲兵師団)を配備している。その規模はソ連時代に比べて縮小しているが、狭い北方領土にもう1個師団を設置するということは考え難いだろう。

ありえるとすれば、前述の第18機関銃砲兵師団を別の師団へと改編するというシナリオで、日本政府が抗議の際に念頭に置いていたのもこの可能性ではないかと思われる。

機関銃砲兵師団というのは地域防御を担う二線級装備部隊を指すが、2008年以降のロシア軍改革により、北方領土以外の地域ではすべて廃止された。北方領土の第18師団だけはいわば辺境防衛部隊として古い編成が残っていたわけで、これを他地域並みの標準編成(自動車化歩兵師団)化することは十分に想定しえよう。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

カナダ中銀、利下げペースは緩やかとの想定で見解一致

ワールド

米制裁が国力向上の原動力、軍事力維持へ=北朝鮮高官

ワールド

韓国GDP、第1四半期は前期比+1.3% 市場予想

ビジネス

バイオジェン、1―3月利益が予想超え 認知症薬低調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story