コラム

ケルンの集団性的暴行で激震に見舞われるドイツ 揺れる難民受け入れ政策

2016年01月14日(木)15時55分

集団暴行に抗議して集まり、移民排斥を訴えるケルンの極右支持者 Wolfgang Rattay-REUTERS

 新年早々、ドイツが激震に見舞われている。西部ケルンでニューイヤーズ・イブ(大晦日の夜)、560人以上の女性が大勢の男に取り囲まれ、股間や胸をまさぐられる性的暴行や窃盗など650件以上の被害にあった。ユダヤ人迫害の暗い過去を持つドイツは難民と犯罪を結びつけることをタブー視してきた。しかし容疑者の半数以上がアルジェリアやモロッコなどの難民だったことから、国内だけでなく欧州を2分する論争に発展している。

 大晦日の夜、ケルン中央駅や大聖堂に数千人が集まり、ファイヤークラッカーやロケット花火で騒ぎ出した。前年の倍に当たる200人以上の警官が警備に繰り出したが、手に負えず、無法状態に陥った。数十人の男が女性を取り囲み、突き回したり、胸や股間をまさぐったりのやりたい放題。容疑者の中にはドイツ人や米国人も含まれていた。洋服のフードに爆竹を放り込まれ、財布を奪われた女性やレイプされたケースもある。

 規模こそ違え、同様の被害はハンブルク、デュッセルドルフ、フランクフルトのほか、オーストリア、フィンランド、スイス、スウェーデンで起きた。ケルン警察が当初、「お祭り気分の中、新年の祝賀騒ぎは概ね平和裏に終わった」と発表したことから、メディアはこの事件を報じなかった。

移民排斥を恐れ報道自主規制

 ドイツではイスラム排斥を公然と唱える極右勢力が不気味な広がりを見せ、昨年、難民の施設を狙った放火などの犯罪行為が887件も起きている。ケルンの集団性的暴行をニュースで取り上げれば、難民排斥の口実に使われるという自粛の心理が人権派ジャーナリストや政治家に働いたのだろう。しかし「それじゃ女性の権利はどうなるの。少なくとも前年の大晦日まではこんな事件は起きなかった」と怖い思いをした被害女性が声を上げ、抗議活動を展開した。

 昨年秋、ドイツの首相メルケルが「ウエルカム」とハンガリーで足止めされていた難民に門戸を開く方針を表明。ドイツ国民も通りに繰り出し、次々と到着する難民を温かく歓迎した。昨年、ドイツに流入した難民は前年の5倍以上の110万人に達した。中国とほぼ同じ世界最大級の経常黒字を積み上げ、財政も黒字という超優等生のドイツだが、この調子で難民が流入し続けると近い将来、パンクする。こうした不安心理が広がる中で、ケルンの集団性的暴行は起きた。

 メルケルは大晦日に「大量の難民流入と社会統合が引き起こす問題に正しく対処すれば、必ず明日へのチャンスになります。我々は試練の時を生きています。ドイツはそれに対応できる強い国です」と難民受け入れの方針を改めて示していた。それだけに反発は強烈だった。1月5日にケルンで抗議デモを行った女性約400人は「メルケルさん、どこに隠れているの。何か、発言することはないの」と怒りをプラカードに書き連ねた。事件を報じなかった公共放送は自らの不明を恥じ、ソーシャルメディアで謝罪した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

国内超長期債の増加幅は100億円程度、金利上昇で抑

ワールド

ウクライナ、中国企業3社を制裁リストに追加

ワールド

トランプ米大統領の優先事項「はっきりしてきた」=赤

ワールド

イスラエル、ガザで40カ所空爆 少なくとも30人死
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 6
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 7
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 8
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 9
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 10
    トランプに弱腰の民主党で、怒れる若手が仕掛ける現…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story