コラム

「戦後最長の景気拡大」について議論しても無意味である理由

2019年03月19日(火)15時00分

国民が豊かさを感じるのは「成長率」があってこそ takasuu-iStock

<国が持っている産業の基本構造によって、ある程度まで経済の成長力は決定づけられてしまう。経済の基本構造を決めるのは企業や消費者の動きであり、政府は脇役でしかないのが現実だ>

2019年1月の景気動向指数における基調判断が引き下げられたことで「戦後最長の景気拡大局面」が幻となる可能性が取り沙汰されている。

この話をきっかけに一部ではアベノミクスの成果をめぐって激しい議論の応酬となっているが、景気拡大局面が戦後最長なのかどうかは、国民生活とは直接関係しない。国民が豊かさを感じるのは「期間」に対してではなく「成長率」に対してなので、最長かどうかで言い争ってもほとんど意味はないのだ。

学術的には興味深いテーマだが......

内閣府では毎月、景気の状況を示す景気動向指数を取りまとめている。景気動向指数はさまざまな経済指標のデータを組み合わせて算出されるが、景気に先行する指数と、ほぼ一致して動く指数、景気に遅れて動く遅行指数の3種類がある。

一般的な景気動向の分析には、これらのうち景気に一致する指数(一致指数)が用いられており、一時的な要因に左右されないよう3カ月移動平均や7カ月移動平均の数値をもとに基調判断が行われる。基調判断は定量的な基準が定められており、例えば「7カ月後方移動平均がマイナスになる」といったいくつかの条件を満たすと「足踏みを示している」から「下方への局面変化を示している」といった具体に記述が変更される。

景気が拡大しているのかの最終判断は総合的に行われるので、1月の基調判断が下方修正されたことがそのまま景気後退という話につながるわけではない。これまでもギリギリの状況で景気拡大と判断されたケースがあるので、景気が悪くなっていると断言することはできない。

しかしながら、中国の景気は2018年後半から確実に失速しており、これ以上、米国と中国の貿易戦争が長引けば、米国の景気拡大も足踏みする可能性が高い。景気の先行きに不透明感が高まっているのは事実だろう。

景気判断が微妙な状況になってきたことから、一部ではアベノミクスの成果をめぐって激しい激論となっているが、景気が戦後最長なのかについて感情的に言い争ってもあまり意味はない。学術的には、いつが景気の「山」で「谷」だったのかを探ることには意味があるし、本格的に株式投資を行っている投資家にとっても欠かせない情報かもしれない。

しかしながら、多くの国民にとって景気拡大局面の長さはそれほど重要な話ではない。むしろ成長率や消費動向、賃金上昇率の方が圧倒的に生活実感に直結しているだろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story