コラム

戦没者を悼むポピーが意味するもの

2011年12月04日(日)10時51分

 BBCニュースを見た日本人の友達から質問されたことがある。テレビに映るイギリス人がみんな、小さな赤いバッジを着けているのはどうして?

 11月だったから、僕はすぐにピンときた。イギリス人が英霊記念日の近辺で身に着ける「ポピー(ケシ)」のことを言っているのだ。退役軍人のために募金をすると、引き換えに造花のポピーをもらえる。これを着けていると、戦没者に感謝の意を表することになる。

 このポピーはイギリス人にとってはあまりに当たり前だったから、日本人の友達がそれに目をとめて、わざわざ質問してきたことに興味を引かれた。

 僕達が生まれる前からずっと、11月11日の英霊記念日が近づくとイギリス人はポピーを胸に飾り、この日に最も近い日曜日には全国で慰霊式典が行われてきた。

 ところが友達から指摘されたことで、僕はこのイベントがかなり肥大化していることに気付かされた。今ではテレビ出演者は全員必ず、とりわけ英霊記念日の前の1週間は、ポピーを身に着けていなければならない。さもないと、戦没者に感謝の念を抱いていないとか、愛国的じゃないヤツだとか思われる羽目になる。

■ポピーを禁止したFIFAに大批判

 僕自身はやった覚えがないが、時々公共の場所などで(11月11日午前11時に)黙祷が行われることがあったのは知っている。今ではこの行為はかなり拡大しているようで、例えばスーパーマーケットのような場所でも黙祷が行われるようになった。

 今年は、各地のサッカーの試合前にも1分間の黙祷が行われた。実はイギリスのサッカー界では、このポピーをめぐって大騒動がもち上がっていた。FIFA(国際サッカー連盟)がイングランド代表チームに対して、予定されていた国際試合でポピーをつけることは許されないと通達したからだ。FIFAはいかなる政治的なシンボルも着用を禁止している。

 イギリスのメディアは怒り狂い、キャメロン首相はFIFAの決定を非難し、ウィリアム王子もFIFAに宛てた声明を出した。結局FIFAは、選手が腕章にポピーのエンブレムをつけるのはかまわない、とした。イギリスは、まるで重要な戦争に勝利したかのように喜びに沸いた。

■貧しい若者を戦場に送った罪悪感

 そんなわけだから、英霊記念日がだんだんと「肥大化」しているというのは言えると思う。問題なのは、いささか度を越していることだ。誰よりもこの日を真剣に考えているんだとアピールしたい政治家にとっては、まさに「得点チャンス」(血相を変えてFIFAを非難したりとか、代表チームの試合拒否を呼びかけたりとかできる)。もうちょっと控え目に記念日を祝おうじゃないかと言い出すのさえタブーになっている。(物議をかもすことの多いジャーナリストのロバート・フィスクは、あえてこれを提案した。ほかにも例えば、イングランド代表はFIFA規定に抵触しない形で戦没者追悼の意を表せばいいのでは、と分別ある発言をした人もわずかながらいた。)

 普段はポピーのバッジを着けているけど、義務みたいで本当は気乗りしないんだ、と言う人も何人か知っている。それでも彼らがバッジを着ける理由は、着けていないと無用なトラブルを呼ぶ恐れがあるから。具体例を挙げると、外国人なまりのある僕の知人は、労働者階級のたまり場のパブに行く前には必ずポピーを着けることにしているという。

 大きな軍事基地のあるコルチェスターの住民(僕も含まれる)は当然ながら、イギリス兵が払った犠牲をしのぶことの重要性を承知している。高齢化し、傷を負った兵士たちに支援の手を差し伸べることの必要性も。

 だけど僕は、11月にイギリス国民が示す愛国精神の裏には、ある種の罪悪感が隠れているように思えてならない。2つの世界大戦では、あらゆる階層の国民が徴兵され、兵役についた。一方、イラクとアフガニスタンの戦場に送られたのは、貧しい労働者階級の若者たちが圧倒的に多かった。僕たちは彼らを終りも意味も見えない戦争に送り込んだ。

 国民の大多数はトニー・ブレア元首相の戦争政策に反対したが、僕たちは彼を3期も務めさせた。イギリス軍の装備が現地の反乱軍と戦うには十分でないと分かっていながら、だ。

 11月のポピーを目にすると必ず、僕は国のために死んでいった何百万もの人々に思いをめぐらす。ただ同時に、イギリス社会には軍国主義的な面があり、その負担は平等ではない、ということも思い出すのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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