コラム

「尊敬される日本人」は最高!

2009年06月30日(火)15時41分

 今週発売されるニューズウィーク日本版のカバー特集は「世界が尊敬する日本人」。今回で5回目となるこの特集を担当することを、僕はいつも楽しんできた。

 今日はこの特集について触れてみたいと思う。 なにしろこれほどやりがいがあって、興味深い仕事はめったにない。この特集が魅力的なのは、実にバラエティに富んだ人生を垣間見ることができるという点だ。

 多くの素晴らしいプロフィールを執筆したのは同僚の記者だが、僕の記憶に残ってるのはもちろん自分が取材した人たちだ。

 たとえば、シカゴのウィルソン・スポーティング・グッズ社で大リーグ選手のグローブを作っている麻生茂明。野球についてほとんど知らない僕にとっては、すべてが新しい発見だった。

 04年の第1回で取り上げたのは「Monkey」。子供の頃、エネルギッシュで、小生意気な猿(孫悟空)に夢中になったことを書いた。BBCで毎週金曜日の夜に、日本のテレビドラマ『西遊記』の英語吹き替え版が放映されていたのだ。9歳の僕にとっては、1週間のハイライトだった。

 2人の活動家、田村佳子と笹本妙子を紹介したときは、誇らしい気分になったものだ。彼女たちは第2次大戦中に日本で収容され、亡くなった捕虜たちの足跡を長年かけて辛抱強く調べ上げた。そうして完成したデータベースは、遺族たち――自分の父親を知らない娘や息子たち――の慰めとなった。その功績を称え、06年にエリザベス女王が2人に勲章を授与している。

■ブルックリン植物園の日本庭園に救われた

 最新版で取材したのは、まったく異なる3人だ。ニューヨークにすむ女性イラストレーター、貧しい移民を助けるワシントンの元銀行マン、60年以上前に亡くなった造園師。人々の大胆な行動力には、いつもながら驚かされる。

 清水裕子は30歳のときに大きな決断をする。経験がなかったにもかかわらず、イラストレーターになるために大手商社を辞めた。その決断は大いに実を結んだ。枋迫篤昌(とちさこあつまさ)は銀行で手に入れた地位を捨てた。貧しい人たちのための金融サービスという30年来の夢を実現しなければ絶対に後悔すると思ったと、彼は強調した。

 3人目の塩田武雄には、僕の個人的な思い入れが混じっている。僕は以前、ブルックリン植物園の近くに住んでいた。当時悩みを抱えていて、植物園の中の日本庭園によく足を運んだものだ。その美しさに心の平穏を取り戻すことができた。この日本庭園を設計した塩田武雄の人生について知ると、僕の悩みなどちっぽけに思えた。

 塩田は第2次大戦中に日系人収容所に収容され、1943年に亡くなった(収容所で亡くなったとされているが、病院で亡くなった可能性もある)。ブルックリン植物園の日本庭園は、高まる反日感情のあおりで破壊され、数年間の閉鎖を余儀なくされた。冒険に満ちた人生にしては、寂しい最期といえる。

独学で造園を学んだ塩田が日本で評価されることはなかったが、東海岸各地で日本庭園を設計した。強固な意志の持ち主で、アメリカ的な大言壮語も得意だったようだ。「私の最大の野望は、世界で最高に美しい庭を作ることだ」と、1915年に書いている。同年に彼はブルックリン植物園を完成させている。同植物園は、アメリカで一般に公開された最初の日本庭園となった。

 塩田の野望が叶ったとは言うまい。でも、騒々しいニューヨークの街並みから抜けて彼が作った空間に足を踏み入れると、彼が書いたことが理解できるような気がする。「文明の雑音から逃れるためには、シンプルな田舎暮らしをして、きれいな空気を吸うこと。そうすれば人生を浄化できる」ということだ。

colin010709a.jpg

塩田武雄が設計したブルックリン植物園の日本庭園(1915年にオープンした当時の姿) Louis Buhle, courtesy BBG

colin010709b.jpg

ブルックリン植物園・日本庭園 Romi Ige, courtesy BBG

colin010709c.jpg

Barbara Alper, courtesy BBG

colin010709d.jpg

Joseph O. Holmes, courtesy BBG

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

エヌビディア決算に注目、AI業界の試金石に=今週の

ビジネス

FRB、9月利下げ判断にさらなるデータ必要=セント

ワールド

米、シカゴへ州兵数千人9月動員も 国防総省が計画策

ワールド

ロシア・クルスク原発で一時火災、ウクライナ無人機攻
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋肉は「神経の従者」だった
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 4
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 5
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 6
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    株価12倍の大勝利...「祖父の七光り」ではなかった、…
  • 9
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 7
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 8
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 9
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 10
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story