コラム

間違い電話でわかった借金大国の悲しい現実

2009年05月12日(火)15時43分

ニューヨークに住み始めた僕は、まず携帯電話を手に入れた。すぐにわかったことだが、僕が手に入れた番号を以前に使っていたのは、ニコール・サンタクルズという女性だった。

週に何回か、彼女の友達が電話をかけてきた。僕は電話に出るたびに、その番号は今は僕が使っていることを説明した。いつかみんなニコールの番号が変わったことを知るだろう。そう思っていた。

ところが、ニコールへの電話は増えるばかりだった。頻繁にかかってくる番号を「邪魔者」とか「困ったヤツ」という名前で携帯に登録したほどだ。携帯を手に入れてから1年が過ぎたころには、日に30本も電話がかかってきた。僕はいつも携帯をマナーモードにしていなければならなかった。

問題は、ニコールがクレジットカードの返済を怠っていたことだった。支払いが遅れれば遅れるほど、彼女を追い求める電話は増える。留守番電話に残されたメッセージは、ときに優しい声でこうささやく。「ニコール、あなたを助けたいんです。でも電話に出てくれなければ助けられない」。またあるときは、凄みのある声で脅しをかける。「こちらはジェーソンだ。あんたと話をしなきゃならない。必ず電話をかけてこいよ」

電話会社によれば、こうした電話を着信拒否することはできないという。でも僕は番号を変えたくなかった。だって僕の番号だ!

ときには電話に出て、彼らの名簿から僕の番号を削除するよう求めた。だが、ちっとも電話は減らなかった。ある借金取りがリストから僕の番号を削除しても、別の借金取りが古い情報を利用して取り立てを始めるのだ。

僕は機嫌が悪いときは、ニコールは自分に支払い能力がないことを知りながら、ブランド品を買いあさって、行方をくらましたに違いないなどと考えた。銀行が支払う能力のない人にクレジットカードを作らせて、バカ高い金利を課していることにも腹が立った。

だが先週、電話の内容が変わった。「亡くなったニコール・サンタ・クルズさんの遺産を管理している方と連絡が取りたいのですが」。ニコールがクレジットカードの返済を怠っていた理由がようやくわかった。

これこそ、今の時代を映す悲しい話ではないだろうか。アメリカの無担保債務額は大幅に増えており、貸し倒れを怯える銀行は取り立てに躍起になっている。昨年12月にニューヨーク・タイムズが報じたところによると、破産を申請する個人や会社は増えているそうだ。取り立てがそれだけ厳しくなっているということだ。

この3月にはもっと悲しいニュースを目にした。借金取りは、借金をした本人が死んだ後、その家族から借金を取り立てているという。たいていの場合、家族に支払い義務はないはずなのに。まったく無一文で亡くなっていく人たちとは異なり、家族には多少は支払う能力があるのだろう。

国民皆保険制度がないアメリカでは、医療保険に入っていない人が大勢いる。そんな人たちが命に関わる病気にかかった場合、借金はだるま式に膨らむはずだ。もしかすると、ニコールもそんな1人だったのかもしれない。今後も僕の携帯に借金取りの電話はかかってくるだろう。でも今の僕は、それが最悪の不幸ではないことを知っている。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防

ワールド

アングル:トランプ氏のカナダ併合発言は「陽動作戦」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story