コラム

少女を殺人にいざなうネットキャラ「スレンダーマン」

2014年06月14日(土)16時39分

「スレンダーマン」という架空のキャラクターが、突如全米の注目を集めている。ウィスコンシン州で12歳の少女2人が同級生をめった刺しにし、逮捕された後に「スレンダーマンがそう求めていたから」とその動機を語ったからだ。刺された少女は数ミリの差でナイフが急所を外れかろうじて命はとりとめたが、19回も刺されていたという。

 スレンダーマンは都市伝説の一種だ。実際には存在しないのにあたかも実在するかのように噂され、架空とは思えないような細かなキャラクターやエピソードも付随し、現実と非現実の境界をわからなくさせる。

 スレンダーマンは、2009年にインターネット上で行われたフォトショップ・コンテストで生み出された。不自然なほどに背の高い男で黒い服に身を包み、顔面は空白。人、子供をさらい森を好む、といった核となる人物像はこの時につくられた。

 最初に登場した時から、子供たちをさらった証拠写真のようなものがキャプション付きでシェアされ、その後インターネット空間では、本当に起きた出来事を記述するかのようにスレンダーマンのことが語り継がれてきた。そのほとんどがダークなストーリーで、いつもは見えないが写真を撮るとその背景に写り込んでいるとか、スレンダーマンは彼に殺されるその瞬間に姿を現すといったような話が付け足されていった。そのうちビデオやゲームにもなって、ちょうど民間伝承のようにそれぞれの語り手が世界を膨らませてきた。

 2人の少女は同級生を森に誘い込んで犯行に至った。逮捕された後も正気に返ることなく、スレンダーマンの世界に住んでいるかのごとく動機を説明するさまに、世間はあっけにとられた。またこの事件の後、やはりスレイダーマンに影響を受けた別の少女が、顔にマスクをして黒ずきんをかぶり、帰宅した母親を刺すという事件も起きている。そんなこともあって、インターネット上の架空の物語の危険性が急に問題視され始めたというわけだ。

 すべてを読んだわけではないが、スレンダーマンの物語には確かに巧みなところがある。大人たちが、この都市伝説を編み出すおもしろさに夢中になっても仕方がないだろう。だが、それを読んだ子供たちの一部は、すっかりその世界に取り込まれてしまった。専門家たちは、スレンダーマンが顔を持たないため、いかようにも想像力を膨らますことが可能だったことや、生と死の狭間で出現する危うさが、子供たちをとりこにしてしまうと説明している。

 ウィスコンシン州では、子供であっても10歳以上ならば殺人未遂、殺人は成人として罪を問われることになっており、2人の少女はすでにメディアで顔を報じられてしまった。私見を述べれば、ちょっとオタクっぽい雰囲気。あるいは読書好きなタイプ。だが、どう見てもまだ子供だ。

 さて、それではこういったインターネット上の物語は悪なのか。大人たちはもっと責任を感じるべきなのか。議論はいつものようにそちらの方向へ向かっているのだが、それは短絡だろう。
昔から小説や映画に影響を受けた犯罪はあったから、インターネットが悪いとは言えない。けれども、人々が独自にディテールを付け加えていくことで、物語がひとつのかたちに留まらず増殖していく性質は新しいものだ。いったん妄想を抱き始めたら、その増殖にすっかり足を取られてしまうこともあるだろう。

 けれども、結局は現実と非現実に対するリタラシーとバランスの問題ではないだろうか。人は現実と非現実の両方があってこそ生き延びていけるのだと思うが、インターネットは伝える現実も物語る非現実も、その両方をすさまじい速さで増殖させている。その速さに対する認識力こそ見失ってはいけないものだ。


プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア軍、ウクライナ北部の電力施設をドローン攻撃 

ワールド

東電、中部電から電力融通 残暑で2日連続

ビジネス

英中銀、銀行資本改革を緩和へ 金融界の意見受け=高

ビジネス

韓国、株空売り禁止を来年3月解除へ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 3
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 4
    公的調査では見えてこない、子どもの不登校の本当の…
  • 5
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 6
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 7
    キャサリン妃、化学療法終了も「まだ完全復帰はない…
  • 8
    恋人、婚約者をお披露目するスターが続出! 「愛のレ…
  • 9
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンシ…
  • 10
    数千度の熱で人間を松明にし装甲を焼き切るウクライ…
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 3
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
  • 4
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 5
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 6
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 7
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 8
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 9
    「私ならその車を売る」「燃やすなら今」修理から戻…
  • 10
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すればいいのか?【最新研究】
  • 4
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 10
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story