コラム
酒井啓子中東徒然日記
シリアとイラクのアナロジー
米軍によるシリア軍事攻撃のカウントダウンが始まった。
8月21日にアサド政権側が化学兵器を使った証拠がある、として、オバマ政権はシリアへの軍事攻撃を行う用意がある、と主張した。とはいえ、イギリスでは議会が対シリア攻撃を否決し、オバマ自身も議会に諮らざるを得ない状況。国際世論も消極的だ。
その背景に、イラク戦争での失敗が指摘される。大量破壊兵器の恐怖を煽ったあげくに強行されたイラク戦争では、米英など外国兵4800人以上の死者を出す泥沼が、わずか二年前まで続いていたからだ。アフガニスタンではまだ進行中で、2010年に700人以上の外国兵の死を経験して以降も、毎年400~500人は命を落としている。アフガニスタン攻撃とイラク戦争は、国際社会に「中東での軍事介入は割にあわない」という教訓を残したはずだ。
イラク戦争とのアナロジーは、探せばいろいろと見つかる。米政府がいつも強弁する「独裁政権は大量破壊兵器を使う」という主張の胡散臭さに加えて、「現地の市民に対する人道的配慮」が口先だけな点も似ている。独裁政権を倒すのに、空爆などの軍事攻撃を行っても、結局は市民生活を破壊するだけだ、というのは、イラク戦争のみならず、それ以前の散発的な米軍の対イラク空爆でも証明済みだろう。
その意味では、今回のシリア空爆(予定)は、1998年クリントン政権が行った、数日間の限定的なイラク空爆のほうが似ているかもしれない。周辺にせっつかれて「独裁政権に鉄槌を下す」ことを決心したものの、とても大規模な戦争を実行する用意も決意もなく、「敵の軍事施設を叩くだけ」として、アリバイ作り的な空爆を決断。だが2月に攻撃を予定しながら当時のアナン国連事務総長の仲介で止められて、諦めきれずに同年末に実行した、「砂漠の狐」という作戦だ。
600回以上も爆撃し、イラクの指揮系統や軍事拠点を攻撃した、というのが米軍側の発表だったが、重要な軍事、政治施設は市民生活の真ん中にあるのがこうした政権の政策なので、「軍施設」を攻撃したはずが公共施設や住居を破壊するハメになる(少なくともイラクはそのように宣伝した)。モニカ・ルインスキー事件と重なっていたことも空爆の片手間感を高め、クリントン政権はただ、評判を落としただけだった。
あまり指摘されないが実は重要な類似点に、国外に亡命した人たちと国内に残っている市民の認識ギャップ、という問題がある。イラクのフセイン政権打倒に米軍を引っ張り出そう、と最初に考えたのは、米英に亡命中のイラク人知識人たちだった。米軍が出ていけば花束を持って歓迎されるから、と吹き込んだのは、フセイン政権を倒して新政権の座に着きたかった在外の反体制派たちだった。米軍は、イラクに入って初めて、その言葉がウソだったことに、気が付く。フセイン政権が倒れたことにはイラク人の多くが歓喜したのだが、それは米政府を歓迎することでは、全くなかった。
シリアへの軍事攻撃(予定)にイギリスが参加しないとしたこと、オバマが議会に諮ると言ったことに対して、幻滅を隠せないシリア人がいる。在英シリア人作家のロビン・カッサーブは「(イラク戦争のせいで)ジェノサイドを遅らせるための、シンボリックな意味での空爆すらできなくなるとは!」と嘆き、アメリカのヒューストンでは100人ほどのシリア系アメリカ人がオバマ支持のデモを繰り広げる。
世界中で「戦争反対」の声が沸き起こるなかで、「アメリカは行動せよ」と軍事行動を支持するデモを行っているのが攻撃される国出身の人たちだというのは、皮肉なことだ。遠く離れた故郷で起きていることに胸を痛めて、欧米在住の移民二世、三世が国内在住の人々の何倍も、政権に対する怒りを募らせる。彼らは、欧米社会に共感を得やすい言葉、ロジックで自国の悲惨を訴え、自分たちでどうにもならない運命を、超大国に変えてほしいと思っている。
それは彼らの純粋な思いからくるものなのだろうが、それを利用して国際社会の数多なる主体が介入したときに、最終的にどのような結果をもたらすのか、誰が見通しているのか。アメリカをイラク戦争に引きずり込んだのは、カナアーン・マッキーヤという在米イラク人作家の「沈黙と残酷」という感動的な本だったが、戦後イラクに入ったマッキーヤは、現実を目にして茫然とし、「イラク戦争は間違いだった」と悔恨した。
国を離れてアサドの暴虐を訴えるシリア人の声は、か弱い。だが蝶の羽ばたきが現地に届いたときに戦争になるのは、痛ましい。
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