コラム

イランの核開発は止められるか

2010年04月15日(木)11時08分

 ワシントンで開催されていた核安全保障サミットが終わった。議論の争点は、いうまでもなく、イランの核開発疑惑。米国は、オバマ大統領が主張する「迅速な制裁」に、不承不承ながらも中国の同意を取り付けた、と喜んでいる。

 これで国際社会での対イラン制裁ムードが強まることは必至だ。だが、はたしてその制裁がイランの行動を止める上でどこまで効果があるのか。実のところ、あまり効果がない、というのが大方の見方だ。

 まず、イランが国際社会に総スカンを食うのは、今に始まったことではない。むしろ、それに果敢に立ち向かうことでアフマディネジャード大統領は、自らの威信を強調することができる。逆に、国内の改革派から批判の強まっているイラン政権にしてみれば、「イランを追い詰める米国、その米国の手先として現政権批判を続ける改革派」とのロジックで、反政府勢力を貶めるのに都合がよい。

 経済制裁が国民を苦しめても体制を苦しめる結果にならないことは、湾岸戦争後イラクのフセイン政権が13年間も経済制裁を生き延びたことからも、容易に想像できる。特に、アフマディネジャード政権を支える革命防衛隊は、制裁の影響をほとんど受けない。

 イラン経済の改善、という点では、イラン政府の「平和利用のために原子力開発をしている」との主張は、むしろ理がある。国内のエネルギー供給を原子力に切り替えて、その分石油を輸出に回せば外貨収入を増やすことができるからだ。現政権の対外強硬姿勢に批判的なイラン国民も、平和利用のための原子力開発についてはおおむね賛成している。国民の間で科学技術への憧れは強く、他国が開発したものをイラン人にできないはずはない、という科学信仰も核開発を支えている。

 なにより重要なことは、イランに限らず中東のイスラーム諸国の間で、イスラエルやインドが核を持っているのに、自分たちが持たないのは戦略バランス上問題だ、という意見が根強いことだ。非イスラーム諸国の核保有に甘く、イスラーム諸国に厳しい、という国際社会のダブルスタンダードを非難する土壌が、イランやアラブ諸国にはある。

 そのイスラエルだが、イラン制裁の声の高まりと平行して、対イラン軍事攻撃の意思をちらつかせている。イスラエルでは4月6日に化学兵器攻撃に備えてガスマスクを国民に配布したと報じられているが、これはイスラエルが報復で化学兵器攻撃を受けてもイランを攻撃する覚悟があるぞ、という意思表示だった。米国がイランに対して何もしないなら、イスラエルがやるぞ、という対米圧力でもある。

 しかし、イスラエルに攻撃されたところで、イランの現政権が核開発を止める理由には全くならない。仇敵イスラエルからの攻撃は、核を持つべきとの議論を一層強めるからだ。

 出口を想定せず追い詰めるだけでは、問題の解決を遠ざけるばかりである。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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