コラム

後輩にアドバイスする元大統領

2011年06月23日(木)10時58分

 日米の指導者の彼我の差が、これほど出るとは...。

 こちらに、自分が沖縄県民に嘘を吐いたことを棚に上げ、後任をペテン師呼ばわりする前首相がいれば、あちらには、景気回復の処方箋を後任にアドバイスする元大統領がいる。本誌日本版6月29日号のビル・クリントン特別寄稿を読んでの感想です。

 クリントンが大統領に就任したとき、アメリカ経済は、パパブッシュ大統領の下で低迷していました。クリントン大統領の就任1年目は、景気回復策を練るのに必死だったものですが、景気は見事に回復しました。

 クリントンが去って、息子のブッシュが、再びアメリカ経済をメチャメチャに。その対応に追われるオバマ大統領に対し、クリントンは、本誌で10の処方箋を助言しています。

 日本で前首相なり元首相が、後任の首相に対して経済対策で助言をまとめたなんて、寡聞にして知りません。クリントンの知性が伺えます。

 クリントンが、ブッシュ政権に対して、どれだけ憤っているか、処方箋の文章の端々に滲み出ています。

 「財政赤字拡大の原因は、ブッシュ政権が財政均衡への取り組みを放棄し、高額所得者を中心とした大型減税を導入したことにある。加えて2つの戦争の費用もあった。戦争と減税を同時に行った政権は、アメリカ史上にも例がない」と。

 クリントンが大統領の座を降りるとき、アメリカの財政は空前の黒字でした。それをブッシュ政権の時代に、空前の赤字にしてしまったのですから、怒りはもっともです。

 では、具体的な経済政策は、何があるのか。

 公共事業の手続きをもっと迅速に。新規事業に現金給付のインセンティブを。エネルギー部門の発展に注力を。製造業重視を。法人税率を引き下げよ。不公正な貿易相手国に対抗措置の発動を...。

 なるほど、経済の現場をよく知っているじゃないか、という提案もあれば、「自分の時代はうまくやっていた」レベルの自慢話も混じっているようです。

 法人税率については、引き下げを提言しているように見えますが、よく読むと、「競争力を高めるための法人税率引き下げと一緒に、不平等をもたらす税制の抜け穴も塞ぐべきだ」と提言しています。つまりは、「法人税の課税対象の裾野を広げるべきだ」という主張。一見、減税のように見えて、実は実質増税になるように、ということのようです。

 クリントンも典型的な民主党員。「大きな政府」を志向する発想が、次のような文章になります。
「民間投資がまだ少ないのに政府支出を大幅に削減すれば、経済をさらに弱体化させ、財政赤字を拡大させる危険性がある。歳出を減らしても、それ以上に税収が減ってしまうからだ」「公共事業を増やせば、多くの人が再び職に就けるだろう」

 先輩の助言はありがたいけれど、議会は「小さな政府」を志向する共和党が抑えているんですよ、とオバマ大統領は言いたくなるのではないでしょうかね。「余計なお世話」と言いたくなるかも知れませんが、元大統領のレベルの高さがわかります。

 おっと、そういえば、ブッシュ前大統領は、どうしているのだろう...。

 現職の大統領の立場を尊重し、一切コメントしないという立場を守っているのだそうです。それはそれで立派ですね。日本の前首相にも、せめてそれくらいの配慮があれば...。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

Tモバイルとベライゾン、USセルラーの一部事業買収

ワールド

習氏がハンガリー首相と会談、さらなる緊密化アピール

ワールド

米中関係、この1年で明らかに改善=イエレン米財務長

ビジネス

米国株式市場=ダウ7日続伸、米指標受け利下げ観測高
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 3

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 4

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 5

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    自民党の裏金問題に踏み込めないのも納得...日本が「…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story