コラム

本を書く苦痛と喜びを活写

2009年08月26日(水)12時00分

 夏休みは読書シーズンなのでしょうか。この時期、「読書特集」を組む雑誌は多く、本誌も例外ではありません。

でも、緑陰で読書できるなど、一部の人。この蒸し暑さの中で、本を読む気になどなれない人が多いはず。それでも読書特集を組むのは、要するに編集者が夏休みを取りたいのでしょう。

などと憎まれ口を叩くのはやめておきましょう。私も物書きのはしくれ。みんなに本を読んで欲しいからです。

本誌「8・12/19」夏季合併号(ほら、やっぱり1週休んでいる)の特集は、「いま、読むべき本」。この中に、現代アメリカを代表する作家6人の座談会が掲載されています。日本の雑誌では、見たことのない企画。これが、面白いのなんのって。物書きとしては、身につまされることばかりです。

「(書き続けるのは)強迫観念に近い。ある意味で完全な狂気だと思う。やめてしまおうと思うこともあるけれど、そんな気分が続くのはせいぜい2日」と語るエリザベス・ストラウト。

そうだよなあ。と、ここからは私の述懐。まともに考えれば、肩は凝るし、腰は痛くなるし、1日中誰とも会話しないし(近所のタリーズでトールラテとトールアメリカンを注文するときに発したのが、唯一の言葉という日もしばしば)、何のために生きているのかわからなくなるほどなのに、性懲りもなく書き続けている。

カート・アンダーセンは、こう述べます。

「書いたものを画面で読むのと、紙にプリントアウトして読むのとでは印象が違う。印刷したのを読んで間違った個所に初めて気付いて、直したりする」と。おお、まったく私と同じではないか!

不思議なものですね。アメリカの当代一の作家たちと自分を比較するのは、あまりに不遜だけれど、同じような思いをしながら書いている人たちがいることは、私の慰めになります。

ストラウトは、こうも話しています。

「読み手に分かりやすいように語順を替える作業は好きだし、なかなか満足がいかなくて、何度も推敲するプロセスには不思議なスリルがある」と。

「文章を書くのは関係を築く行為。さまざまな段階があるけれど、親密で、どこかミステリアスで素晴らしい関係なのは疑いないわ。書くことは孤独な作業でも、『声』がある。この声を通して読者に何かを伝える」とも。

だからやっぱり本を書くのは、やめられないんだよなあ。

 夏休みは読書シーズンなのでしょうが、私には、春秋冬と変わらぬ執筆の季節なのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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