コラム

NHKは受信料をやめて「視聴料」にすればスマートTVになれる

2013年12月10日(火)15時00分

 12月3日の毎日新聞は1面で、NHKが「テレビがなくても全世帯から受信料を徴収する義務化」を検討していると報じた。松本会長が記者会見で否定したように、これは誤報だ。テレビ(受信機)を設置していない世帯から受信料を徴収するのは放送法違反である。

 しかしこういう誤解が生じるのもやむをえない。NHKの受信料は、受信契約の義務はあるが、支払い義務がないというわかりにくい制度になっているからだ。受信料を払わない人に対する罰則もないため、今は不払いの人々には個別に民事訴訟を起こしている。

 これは面倒なので、BBC(イギリス放送協会)のように支払いを義務化して罰則を設けるべきだという意見は今まで制度改革のたびに自民党から何度も出たが、NHKの執行部が踏み切れなかった。これにはNHKのお家の事情がからんでいる。

 日本放送協会は、戦前は国営で「大本営発表」をラジオ放送して戦意昂揚に大きな役割を果たしたため、GHQ(連合国軍総司令部)がこれを解体し、1950年に特殊法人としてNHKを設立した。このとき税金とは別の財源として受信料を徴収するしくみが決まった。

 定額料金を取るために別組織をつくるのは無駄なので、受信料の徴収を税務署に委託してはどうかという話も昔からあるが、NHKは拒否してきた。税金には罰則(課徴金など)があり、その徴収は国家権力によって行なうので「国営放送局」になってしまうからだ。

 しかし罰則がなくても、確実に料金を取る方法がある。デジタル受信機についているB-CASカードで受信料を払っているかどうかを識別し、払ってない人にはスクランブルをかければいいのだ。これは衛星放送ではやっており、同じことを地上波でもやれば、実際にテレビを見た人だけから(WOWOWのような)視聴料を取ることができる。

 NHKも橋本会長のとき「地上波もスクランブル化する」と発言したが、問題になって撤回した。受信機をもつすべての人から(見ても見なくても)料金をとる受信料制度が崩れると、大幅に減収になると考えたからだ。

 そうだろうか。衛星放送はBSアンテナを設置した人だけが払う実質的な視聴料だが、今や1790万世帯で、NHKの経営の大黒柱である。地上波はすでにほとんどの家庭に受信機があるので、NHKだけ見ないという人は少ないだろう。

 もっと大きな問題は、インターネット放送の位置づけが中途半端なことだ。NHKオンデマンドは、サービス開始から5年たっても有料会員が40万人前後とふるわない。見逃した番組を見るのに、1本300円も料金を払う人は少ないだろう。2012年のNHK決算報告によれば、オンデマンドの事業収入が13億円で赤字が11億円だ。

 他方、NHKがお手本とするイギリスのBBCは、2007年からすべての番組をネット同時配信するサービス、iPlayerをスタートし、月間2億回以上もアクセスされるヨーロッパ最大の人気サイトになった。NHKオンデマンドと違うのは、BBCがiPlayerをテレビと同格の基幹サービスと位置づけていることだ。

 BBCは「受信ライセンス料」の支払いを受信者に義務づけ、払わなかったら罰金を取られる。ライセンス料にはテレビ・ラジオとインターネットが含まれるので、料金を払っている人にとってはiPlayerは実質的に無料放送である。

 実はNHKも、このようにテレビと一体化して受信料でネット放送をしたかったのだが、民放連が「民業圧迫だ」と反対したため、総務省が待ったをかけた。オンデマンドは放送法で「その他の業務」に分類され、法的根拠のない「業務基準」によって独立採算が義務づけられ、売り上げも年間40億円以内に制限された。

 オンデマンドをテレビと一体化して有料放送にすれば、NHKの収入は一時的には減るかも知れないが、料金徴収のための営業総局は必要なくなり、技術部門はほとんどネット企業に外注できる。誰が見ているかが技術的にわかる現代には、見てない人からも取る受信料制度は非効率で不公平だ。

 それより大事なのは、インターネットを使えば、誰がいつ見たかという「ビッグデータ」が取れる(B-CASでも仕様を変更すればできる)ことだ。もちろんプライバシーには配慮する必要があるが、視聴者の好みを反映して「マイNHK」をつくるなど、番組をカスタマイズしたり双方向にしたりするスマートTVができるのだ。

このためには受信料制度を廃止し、インターネット中心の視聴料制度に変える必要がある。BBCのようにインフラ部門を売却し、コンテンツに特化してネットで世界展開すれば、NHKは「クールジャパン」を世界に売り込む尖兵になるかも知れない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロシア財務省、石油価格連動の積立制度復活へ 基準価

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

現代自、米国生産を拡大へ 関税影響で利益率目標引き

ワールド

仏で緊縮財政抗議で大規模スト、80万人参加か 学校
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story