コラム

「原発ゼロ」と「温室効果ガス25%削減」の矛盾をどう解決するのか

2013年01月25日(金)17時30分

 鳩山由紀夫元首相は、2009年に「2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減する」と国際公約し、これにもとづいて政府は原子力発電の比率を50%以上にするエネルギー基本計画を立てた。しかし福島第一原発事故のあと、政府は「2030年代までに原発ゼロにする」という方針を打ち出した。

 これは明らかに矛盾する方針だが、民主党政権では誰もこれを是正しようとしなかった。論理的に考えると、政策が破綻してしまうからだ。しかし自民党政権は、この支離滅裂な政策の見直しを開始した。安倍首相は25%削減目標を「ゼロベースで見直す」と約束し、今年11月に開催されるCOP19に向けて、削減目標が再検討される予定だ。

 1997年、京都で開催されたCOP3で、温室効果ガスの削減を決めた京都議定書が締結され、日本の国会は満場一致でそれを批准した。しかし議定書が2005年に発効してからも温室効果ガスの削減は進まず、京都議定書は2012年で終了した。昨年ドーハで行なわれたCOP18も失敗に終わり、日本政府は2013年以降の議定書の延長には参加しない。「ポスト京都議定書」の体制は決まっておらず、実質的に地球温暖化対策は白紙に戻った。

 日本の昨年の温室効果ガスの排出量は、1990年比で3.6%増。これを2020年までに25%減にするには毎年3%以上のエネルギー削減が必要であり、大幅なマイナス成長は避けられない。現実には原発の停止で二酸化炭素(CO2)の排出量は急増しており、原発ゼロと25%削減は両立しない。これは民主党政権も国会答弁で認めたことだ。では、どちらの目標を変更すべきだろうか?

 結論からいうと、どちらも破棄すべきだ。物理的に実現不可能だからである。温室効果ガスは上に述べた通りだし、原発ゼロも2058年以後まで運転する大間原発(青森県)の建設を認めた以上、不可能だ。そもそも日本は計画経済ではないのだから、電源比率を政府が決めることはナンセンスである。何が望ましい電源かは市場が決めればよい。政府の仕事は環境汚染などのコストを価格に正しく反映させる規制だけだ。

 他方、温室効果ガスの削減目標を政府が決めることも間違いだ。大事なことは、温室効果ガスがどの程度の社会的損失をもたらすのか、それを防止する費用はいくらかかるのか、そしてそれによる利益は費用を上回るのか、という費用対効果である。ところが政府はこういう計算を一度もしたことがない。「初めに京都議定書ありき」で思考停止してきたからだ。

 こういう問題を世界の科学者が考えた昨年のコペンハーゲン会議では、発展途上国の栄養不足と感染症に使うことが最も効果的だという結論になった。地球温暖化による気候変動のリスクはあるが、その原因は不明で温暖化を止める効果的な方法がないので、太陽をさえぎる「地球工学」技術の開発に予算を使うことが望ましいという。

 CO2が温暖化の原因かどうかははっきりしないが、かりにそうだとしても、京都議定書のような「総量規制」は統制経済になって効率が悪い。CO2を減らすには、すべての化石燃料に定率の炭素税をかけることが合理的だ、というのが世界の経済学者の意見である。

 たとえば炭素1トンあたり5000円の炭素税をかけると、石炭火力の発電単価はほぼ2倍になる。現在の原発の発電単価は石炭火力とほぼ同じなので、事故の賠償保険(数%)などを発電単価に加えても、原発は化石燃料より圧倒的に安くなる。つまり原発は、温暖化を防ぐ最も効率的な方法なのだ。

 昨年までは多くの国民が原発事故でパニック状態だったので、「原発をゼロにするか否か」という問題が話題になったのもしょうがないが、そういう異常事態は昨年の総選挙で終わった。原発と同様に、気候変動も多くの環境リスクの一つに過ぎない。それを個別に議論するのではなく、限られた政策資源をどう配分することが効率的か、という冷静な議論をそろそろしてはどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

韓国政府「市場安定に向け無制限の流動性を注入」、ウ

ワールド

ネタニヤフ氏、停戦は戦争終結でないと警告 イスラエ

ワールド

ウクライナ、新型国産ミサイルの試験実施 西側への依

ワールド

ヒズボラ停戦合意崩壊ならレバノン自体を標的、イスラ
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計画──ロシア情報機関
  • 4
    スーパー台風が連続襲来...フィリピンの苦難、被災者…
  • 5
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 6
    なぜジョージアでは「努力」という言葉がないのか?.…
  • 7
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 8
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 9
    「92種類のミネラル含む」シーモス TikTokで健康効…
  • 10
    赤字は3億ドルに...サンフランシスコから名物「ケー…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story