コラム

スマート家電を阻む過剰規制と過剰コンプライアンス

2012年09月21日(金)19時10分

 電力不足が話題になり、家電のスイッチを遠隔操作して電力を節約できる「スマート家電」が話題になっている。特にこれに力をいれているパナソニックが今月発表した新型エアコン「Xシリーズ」は、外出先からスマートフォンでスイッチを操作できる新機能を搭載していた。これはiPhoneとAndroidに対応し、専用アプリをインストールすれば、屋外から電源を入れたり切ったりタイマー予約したりできるものだ。

 ところが発表の直前になって、パナソニックは「myエアコン設定」から電源をオンにする機能を削除すると訂正した。タイマー予約や室温をコントロールする機能も削除され、残ったのはスマホからの電源オフと消費電力などを確認できる機能だけになった。

 パナソニックは「監督官庁との協議により、電波を利用した外出先からの運転ON機能が、電気用品安全法の技術基準の適合に課題があると判断、同基準へ確実に適合するため、仕様を変更した」のだという。その技術基準には「遠隔操作機構を有するものにあつては、器体スイッチ又はコントローラーの操作以外によつては、電源回路の閉路を行えないものであること」と書かれている。

「閉路」の規制とはリモコン以外の機材で外部から電源を遮断できないようにするもので、今回のような家電のコントロールを想定したものではない。この技術基準には詳細な規制が記述されているが、「危険が生ずるおそれのないものにあっては、この限りでない」という但し書きがついている。パナソニックは、エアコンのスイッチには危険はないと考えたらしい。

 しかし業界向けに発表したあと、経産省から「くわしい話を聞かせてほしい」という電話があった。パナソニックが説明したところ、技術基準で「危険が生ずるおそれのないもの」として例示された中にエアコンがなかったため、「技術基準を改正するまで見送る」という結論になったのだという。

 ここには日本の官民関係の典型的な問題点が見られる。役所は「何を許可するか」についてのポジティブリストを詳細に決め、そこに書いてないことは禁止するのだ。本来、何が合法で何が違法かを決めるのは裁判所だが、日本では官庁がくわしい省令や政令をつくって解釈も決めてしまう。

 業者も役所の許可してない製品をつくって後から違法だということになると大変なので、事前に役所に相談し、前例のないものはつくらない。このような過剰コンプライアンスが、新しい発想を萎縮させている。いちいち役所にお伺いを立てていては、斬新な製品ができるはずがない。「イノベーションを促進する」と言っている経産省が、イノベーションを殺しているのだ。

 英米では、法律が明文で禁じていないことは合法である。役所と民間の意見が違う場合には、裁判で決着をつける。議会で承認されていない政令とか省令などというものには、法的正統性はない。裁判に勝てるかどうかはきわどい闘いだが、YouTubeはこうした法的リスクを負うことによって、他のメディアを出し抜いた。

 役所がイノベーションを生み出すことはできないが、邪魔をやめることはできる。経産省は無駄にくわしい技術基準や省令を廃止し、これだけは危険だから禁止するという最小限のネガティブリストにして、そこに書いてないことは自由にやってよいという「イノベーション解放宣言」を出してはどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

鉱物協定巡る米の要求に変化、判断は時期尚早=ゼレン
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story