コラム

日韓関係をこじらせた「河野談話」の訂正が必要だ

2012年08月24日(金)14時00分

 韓国の李明博大統領が突然、竹島を訪問したことで、日韓関係がにわかに緊迫してきた。韓国政府は野田首相からの親書を返送し、日本政府は韓国と結んでいる通貨スワップ協定(緊急融資の与信枠の設定)を10月で打ち切る方針を示唆した。小さな島の領有権をめぐってここまでもめる背景には、韓国の根深い「歴史問題」がある。

 李大統領もいうように竹島の領有権は本筋ではなく、彼のねらいはいわゆる従軍慰安婦の問題で日本の譲歩を迫ることだ。昨年末の訪日でも、日韓首脳会談の半分以上が慰安婦に費やされた。これは昨年8月に韓国の憲法裁判所が「慰安婦の賠償請求権について韓国政府が何の措置も講じなかったのは憲法に違反する」という判決を出したことがきっかけだ。

 慰安婦問題は、1965年の日韓基本条約で賠償の対象になっていないが、1983年に吉田清治という元軍人が「済州島から慰安婦を拉致した」という証言を出版して騒ぎが始まった。これは地元紙などが調査して嘘であることが明らかになり、吉田も「フィクションだ」と認めたのだが、高木健一氏や福島瑞穂氏などの弁護士が「私は慰安婦だった」という韓国女性を原告にして、1991年に日本政府に対する損害賠償訴訟を起こした。

 このときの訴状は「親に売られてキーセン(娼婦)になった」という話だったのだが、これを朝日新聞が「軍が慰安婦を女子挺身隊として強制連行した」と誤って報じたため、1992年に宮沢首相(当時)が韓国で謝罪するはめになった。その後、日本政府が調査した結果、1993年に発表されたのが河野洋平官房長官談話である。そこには


慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。


 という表現があり、これが「軍による強制連行を日本政府が認めた」と韓国側が主張する根拠になった。しかし「官憲等が直接これに加担」というのは、大戦末期にインドネシアで起こった軍紀違反事件のことで、韓国とは無関係だ。これは外務省が「強制性を認めることで決着をつけよう」という発想で、韓国に譲歩したものらしい。

 実は河野談話は、閣議決定された政府の正式文書ではない。この問題については辻元清美氏が2007年に衆議院で質問し、これに対する安倍内閣の答弁書が閣議決定された。ここでは次のように書かれている。


慰安婦問題については、政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、同月四日の内閣官房長官談話のとおりとなったものである。また、同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである


 つまり政府としては「強制連行はなかった」というのが公式見解なのだ。慰安婦は軍の管理のもとに行なわれたが、軍が公権力で拉致・監禁したわけではないので、日本政府が責任を負ういわれはない。

 ところがこの答弁書で「官房長官談話のとおり」と書いたため、「官憲が加担した」という河野談話と矛盾する結果になった。これは過去の政策をつねに正しいとする霞ヶ関の「無謬主義」が原因だが、政府が指導力を発揮して訂正すべきだ。少なくとも「官憲等が直接これに加担した」は史実ではないので、「官憲が取り締まる努力を怠った」ぐらいが穏当な表現だろう、というのが秦郁彦氏(歴史家)の意見である。

 日本人から見ると、こんな古い問題でもめ続けるのは信じられないだろうが、韓国は面子を重んじる儒教の国だ。「謝ったら許してくれるだろう」という日本的な感覚は通じない。特に李大統領は、実兄や側近が逮捕されて政治的に追い詰められており、このまま放置すると戦術をエスカレートする可能性もある。

 これまで韓国側は強制連行の物的証拠を一つも出すことができなかったので、事実関係は明らかだ。最近は「女性の人権を侵害した」という話にすり替えているが、それについては日本もアジア女性基金などで誠意を示した。韓国と対等に喧嘩すべきではないが、今までのように曖昧な対応をすると問題はかえってこじれる。政府は安倍内閣の答弁書にそって政府見解を修正し、「新官房長官談話」を出すべきだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story