コラム

菅政権が崩壊しても変わらない民主党と霞ヶ関と財務省の危うい「三角関係」

2011年06月09日(木)18時42分

 菅直人首相の退陣が秒読みになる中で、後継者として野田佳彦財務相の名前が挙がってきた。党内からは「財務省のあやつり人形」とか「増税シフト」など反発の声が上がっているが、野田氏がなろうと誰がなろうと、民主党政権は最初から一貫して「財務省政権」だというのが官僚の一致した意見である。

 その原因は、民主党が霞ヶ関にほとんど足場をもっていないからだ。自民党の中でも党人派の多い小沢系と、労組依存の社民党系の議員の寄せ集めで、官僚出身者は少ない。鳩山由紀夫内閣では、労組出身の平野博文官房長官が司令塔として機能せず、松井孝治官房副長官(経産省出身)と古川元久内閣府副大臣(財務省出身)が各省庁を調整していた。

 官僚を動かす最大のパワーは、政策でも法律でもなく「顔」である。この人のいうことを聞いておけば次には借りを返してくれるとか、あの人がいうのだから省内のコンセンサスは得ているのだろう、といった人間関係で調整が行われる。その勘所を知らない大臣が権限を振り回しても、長妻昭厚労相のように官僚にボイコットされて、政権の中でも浮いてしまう。

 こうした官僚ネットワークの中心にあるのが財務省なので、「官僚主導の打破」を旗印としたはずの民主党政権は財務省への依存を強めてゆく。ほとんど足場のない霞ヶ関に落下傘部隊よろしく降下した民主党にとっては、オール霞ヶ関を敵に回すわけには行かない以上、財務省と手を結ぶしかないのだ。

 古賀茂明『日本中枢の崩壊』は、こうした民主党政権の変質を内側から描いている。民主党政権が発足した当初は、官僚は鳩山内閣が本気で「政治主導」にするのではないかと恐れていたが、前述のように弱体な体制で各省庁の調整をするだけなので面従腹背になった。菅内閣になってからは、首相が官僚をきらって各官庁から出向している秘書官さえ意思決定に参加させないため、官邸が「情報過疎」になってしまった。

 こうした中で「影の総理」といわれるようになったのが、仙谷由人官房長官だった。彼は野党時代から財政通として財務省の覚えがめでたく、彼のもとには財務省の質の高い情報が入った。このため首相が失言を繰り返す中で、仙谷氏だけは的確な判断をし、実質的な意思決定を行うことができた。その代わり彼は、野党時代にみずから手がけた公務員制度改革を骨抜きにすることで、財務省に借りを返したのだ。

 このように政権交代のとき、与党が財務省(大蔵省)に依存するのは、1993年に細川護煕内閣が成立したときとよく似ている。当時も新生党の小沢一郎代表幹事と大蔵省の斎藤次郎事務次官の「一郎・次郎コンビ」で予算編成が行われ、「国民福祉税」を通そうとして失敗に終わった。その後、自民党が政権に復帰したあと、大蔵省は徹底的にいじめ抜かれて金融庁を分離され、1300年以上の伝統ある名前まで変えられてしまった。

 それにこりて今回は、財務省は表面に出ることを避け、野田氏をバックアップすることによって念願の増税を実現しようとしているのだろう。政権党と霞ヶ関の緊張関係を巧みに利用する財務省の戦術はしたたかだ。政権を維持するのが精一杯の民主党にとっても、財務省を命綱として野田首相=仙谷幹事長ラインで乗り切るしかないのかもしれない。しかしこのような危うい「三角関係」の中で、各勢力の妥協に乗る「みこし」のような政権は、担ぎ手が肩をはずすとたちまち傾く。残念ながら、次の政権も1年ともちそうにない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

シンガポール銀OCBC、第1四半期5%増益 保険部

ビジネス

セガサミー、米フォートレスに「シーガイア」売却

ビジネス

アップル、「iPad Pro」宣伝映像巡り謝罪 ネ

ワールド

クシュナー氏、トランプ氏支援者に電話攻勢 献金呼び
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 7

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 7

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story