コラム

アメリカはいかにして財政赤字から脱却したか

2009年10月29日(木)11時28分

 日本の財政赤字が、危機的な水準にあることは、先週の当コラムでも指摘したとおりだ。28日は長期金利が大幅に上がり、10年物国債の金利は1.42%と2ヶ月半ぶりの水準になった。この背景には、92兆円を超えることが確実な来年度予算を初めとする民主党政権の財政運営への不安があるものとみられる。

 財政赤字を批判する声に対して「不況のとき緊縮財政にしたらもっと悪くなる」という反論がよくあるが、これに対する反例は小泉内閣の構造改革である。不況の続く2001年に就任した小泉首相は「米百俵」の精神で国民に短期的な忍耐を求め、公共事業を削減して不良債権の最終処理を行なった。その結果、日本経済は回復したのである。

 同じことはアメリカについてもいえる。かつてアメリカは財政と貿易の「双子の赤字」に苦しんでいたが、ブッシュ(父)政権の1990年、ホワイトハウスと議会が財政再建のための「包括財政調整法」に合意し、1993年に就任したクリントン政権も不況の中で財政再建に取り組んだ。その結果、財政が健全化し、90年代のIT産業を中心とする経済成長によって、1998年には財政黒字を達成したのである。

 つまりアメリカが財政赤字から脱却したのは、不況の中で財政を健全化するという長期的な政策パッケージを決め、同時にイノベーションによって成長を実現したからなのだ。逆に「不況だから財政出動し、それを景気が回復したら税収増で取り返す」と称して行なわれた日本の公共事業は、現在の絶望的な財政危機を生んだ。ここからいえることは、不況からの脱出に重要なのは一時的な財政刺激ではなく長期的な成長だということである。

 経済がゼロ成長の状態では、財政再建は増税か歳出カットかというゼロサム・ゲームになってしまう。民主党は選挙で「歳出カットしてから増税だ」といっていたが、実際には歳出はふくれ上がってしまった。アメリカの教訓からも明らかなように、財政危機を克服するためには成長率を高めることが不可欠なのだ。政府は、やっとこれから国家戦略を議論するそうだが、その最優先の目的は、日本経済をいかに衰退から救い出し、成長を実現するかということだ。それなしに所得再分配も財政再建もありえない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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