コラム
ふるまい よしこ中国 風見鶏便り
アップルの「旨み」
「神経病!」(キチガイだ!)
周囲の人たちはみんな一言、吐き捨てるようにこう言って顔をしかめた。わたしの知っている限り、彼らの半数以上はアップルのiPhoneかiPadのユーザーだ。もちろん、自宅や職場で使うコンピュータがマックだったり、スマホもタブレットも全部アップル製品で統一している人もいる。
だが、顔をしかめたのはそうした「果粉」(「アップルファン」の意。アップル「蘋果」とファン「粉絲」を掛けあわせた造語)だけではない。アンドロイドやウィンドウズPCにこだわりを持っている人たちですら、今のこの騒ぎになんともいえない気分を抱いている。中国でスマホやタブレットを使う人でここ1週間、この騒ぎを話題にしたことがない人はいないはずだ。
「この騒ぎ」とは、前回拙稿「権利とメディア」で触れた「315晩会」以降、激しさを増す「アップル叩き」だ。
3月15日の「世界消費者権利デー」に国営全国テレビ放送局の中央電視台(以下、CCTV)が制作した特別ショー「315晩会」後に暴露された「ヤラセ」に消費者、特にアップルファン「果粉」たちから激しい不満の声が上がったことはすでに書いた。
だが、それに刺激されたかのように3月25日から連続5日間、今度は「人民日報」が「アップル叩き」記事を掲載し始めたのである。そのタイトルだけをとっても「アップルは『神』に噛み付いた」「口の中のアップルはなぜこんなにまずいのか」「『噛み』砕けない、傲慢なアップル」(以上すべて25日掲載)「横暴アップルは何を傷つけたのか」(26日)「アップルの『比べるものがないほど』の傲慢をぶち壊せ」(27日)「アップルはどれほど納税をごまかしたか」(28日)「保修条件の変更は表面を取り繕ったもので実質的な変更ではない」(29日)と、憎々しげなものばかり。
さらに中身に並ぶ形容詞がこれまたものすごい。「ダブルスタンダード」「不満爆発」「消極的」「自分持ち上げ」「逃げた」「暴露された」「失望」「度重なる」「消費者の権利を〜」「傷つけた」「無視」「軽視」「蔑視」「差別」「優越感」「欠落」「不足」「最低限の〜」「尊重すべき〜」「気がおさまらない」「たかが」「強きに頼り」「高慢な」「調子に乗った」「不公平」「強制的」「噴飯もの」「議論紛々」「引き伸ばし」「いやというほど〜」「あいまい」「見掛け倒れ」「頑固」「脱税の疑い」「特権」「見え隠れ」「無力な消費者」「〜のやから」「ひれ伏す」......などという言葉が続き、ほぼ中国語ネガティブワード辞典が作れそうな勢いだ。
これらを掲載した「人民日報」は、日本メディアではよく「中国側の反応」として記事や論調が引用されることが多く、日本人の間で最もよく知られている。だが、以前「『官報メディア』vs『市場型メディア』〜現代中国メディアの読み方おさらい」でも触れたように、同紙はあくまでも中国共産党中央委員会の「機関紙」であり、一般メディアではない。中国共産党トップの意図伝達を目的とした媒体なのだ。
つまり、この「アップル叩き」の本意は「中国共産党の意図」であり、上述したネガティブワードはすべて中国共産党の目に映るアップルの姿ということになる。そしてその中国共産党は中国の執政党であり、またそのトップである書記が国家主席を兼任する唯一の権力であり、このような連日の「叩き」は自然に政治的意図を持った国家戦略として簡単に読む者にイメージ付けられるという仕組みだ。
お気づきだろうか。わたしはこれらの「ネガティブワード大放出」記事を読んでいて、昨年9月以降続いた「日本叩き」を思い出していた。それと同時に、度重なるメールハッキング、そして検索結果表示への干渉に耐えかねてグーグルが中国市場撤退を口にした2010年初めに、やはりグーグルに向けて行われた報道攻勢そっくりだなぁと感じていた。さらに「税金逃れ」などを持ち出すところは、2011年に拘束された、「政府に屈しない」芸術家、艾未未(アイ・ウェイウェイ)に矛先を向けたネガティブキャンペーンもそうだった。
これらの事象を振り返って考えるに、中国がこうした官製メディア機器(とあえて呼ぶ)を使ってネガティブキャンペーンを繰り返すときに共通していることがある。それは四方八方からの人海戦術を多用した「叩き」展開はいつも、「相手を精神的に参らせて自分に従わせる」のを意図していることだ。
グーグルに向けられた時には検索エンジンによる検索結果フィルタリング、そして多くの社会活動家が利用しているGメールの個人情報開陳を求め、艾未未には彼が四川大地震で多くの子供達が亡くなった校舎崩壊事件の真相究明を求めたり、権利主張者への日常的な圧力を海外に暴露したことへの報復の意味があった。そして、日本に対する尖閣諸島をめぐる事件の目的についてはここでもう論ずる必要はないだろう。
さらにそこでは昨今の中国当局の声高な主張によく見られる、「民主」や「権利」という、西側民主主義社会における基本的観念が逆手に取られている。
たとえば、今回のアップル叩きでは、「中央電視台は中国で最も影響力を持つテレビメディアであり、企業の問題を暴く権利を持つ」とその「権利」の正当性を主張する。さらに昨年12月のアップルの収益のうち34%を中国が占め、アメリカを上回ったことを取り上げて、「道理を言えば、中国市場はアップルにとって『出資者』である。中国市場あってこそのアップルのはず」と主張し、そのアップルが中国消費者の感情を害するのは「資本家的傲慢」と批判している。「資本家」は社会主義国中国では「搾取者」と同義語なのだ。
だが、国家権力(CCTV)が権利を主張するのは「権利意識」を履き違えているし、また「企業は消費者に無条件に屈すべき」という「市場原理」は企業経営者に対する論理の押し付けである。それを持ちだして大上段に論ずるところに、社会主義を標榜する中国政府の権利と市場理解の勘違いがある。
しかし、なぜこんな論理的にもつじつまの合わない「アップル叩き」を中国当局がこれほど大げさに、執拗に続けるのだろうか? その疑問が解けないために人々はあきれ、困惑し、冒頭にも書いたように「神経病!」と吐き捨てる。
一部では、ネット言論への規制を強める中国当局が、iPhoneやiPad、iPod専用アプリをダウンロードする「iTunes store」のコンテンツ検閲権を求めているのではないかとも言われる。だが、実際には中国地区ユーザー用のiTunes storeはすでに中国政府に批判的な雑誌や書籍のアプリはダウンロード出来ず、ユーザーから自己規制だと批判を浴びているほどなのだ。中国政府にとってそれほど都合の悪いものが並んでいるとは考えにくい。
また、グーグル叩きによって国産検索エンジン「百度」が中国市場をほぼ独り占めしたように、アップルを中国から追い出して国産スマホメーカーに漁夫の利を与えようと考えているのではないか?という説もある。だが、グーグルはもともとその中国市場入り及び「百度」誕生時に、人為的な「百度」シェア拡大策が図られ、市場ではそのシェアは低かった。逆にすでに世界的な大ヒット商品であるiPhoneやiPadを中国市場から追い出しても、ユーザーの中国国産スマホへの乗り換えがそれほど進むだろうか。たとえ多少売り上げは伸びても商品の技術的な向上は望めないはずで、ハイレベルな製品を求める人達を満足させられるわけがない。
もしかしたら、iPadやiPhoneの激しい普及ぶりに「海外製品による侵食」を恐れた結果なのか、という疑いもあった。iPhoneは都会では大人気だし、iPadに至っては、毎年3月に1年に1度開かれる政治会議で北京に集まってくる全国各地の代表や委員たちが軒並みiPadを手にしている様子が報道されるくらいなのだ。タブレットコンピュータという手軽さと斬新さで、その普及ぶりと浸透ぶりはiPhone以上ともいえる。中国当局はそこに脅威を感じるかもしれないが、やはりそれでもWTO加盟国として、完全にそれらを追い出すことは不可能であることくらい、理解できるのではないか。
さらにアップル製品は中国国内で組み立てられている。「人民日報」の記事では「中国市場があってこそのアップルだ」とうそぶいているが、実際に国内にあるフォックスコン(鴻海)工場でアップル製品が生産されることによってどれだけの労働市場が賄われ、また地方当局に税金収入が入っているのか。そのことを考えれば、アップルの市場を狭めることは実は中国も自分のクビを締めてしまうことになる。
そんなことを考えていたら、ふとフォックスコン(鴻海)について以前調べた時に、ちらりと頭をよぎった「可能性」を思い出した。
フォックスコンは御存知の通り、先日ご破算になったけれどもシャープとの提携を進めていた。その時、多くの期待がかけられていたのが、シャープの液晶パネルがフォックスコン生産のiPhoneやiPadに使用されるのでは、ということだった。世界中で好調な売上が続くアップル製品の部品として使用されれば、シャープに対する信用も当然上がり、大きな売上が転げ込む。それは魅力的な要因だったことは誰も否定出来ないだろう。
もしかしたら、中国もそこに目をつけたのではないか。「世界の工場」と呼ばれる中国は今、製品や産業界のグレードアップを目指している。低廉、低技術、低レベルな部品から高レベル、高技術、そして高付加価値製品への転換がすでに国家産業政策の一つになって久しい。自国内で組み立てられているアップル製品に今のように輸入品ではなく国内部品が使用されれば、世界的なステイタスも当然上がるし、売上も増える。今のように低廉な「労働力」だけではなく、「部品」も調達してくれてもいいじゃないか、と思った可能性は十分にある。
つまり、中国で生産された部品がアップルに納品されたというステイタスがつけば、良い宣伝になる。アップル製品のように売れている製品なら即時に経済効果も見込める。そんなそろばんを弾いてアップルに持ちかけたところ、世界的ハイレベル部品を求めるアップルに断られたのではないだろうか?
というのも、わたしの周囲には実際に中国で生産を始めたメーカーで働く知り合いがいるが、「中国でも同じ原料があるからそこで調達すれば輸入するより安くつくよ、と紹介されたけど、ウチのスペックに合わなくて...」という声を度々聞く。同様に、もし廉価でスペックに合う部品が中国で手に入るならば、アップルのみならず、企業はとっくに使っているはずだ。それができないからわざわざ他国からの輸入品を、中国で組み立てているのである。
中国では一般に、「○○御用達」という言葉は商品宣伝に最大に利用される。「人民大会堂御用達」と書かれた牛乳すらあるくらいなのだ。さらに民族情緒の高まりもあって「おらが街」製品は非常に重要視される。産業政策にも合致する。経済効果も期待できる。アップルさえ「うん」と言えば......「うん」と言ってくれれば......
だが、もし本当にその目的が「部品の現地調達強制」だとすると、人々の目にうつる「世界工場」は一挙に「追い剥ぎの館」に変身することになるだろう。そのリスクを中国側はわかっているのだろうか。
今のところ、アップル側はこれらのネガティブキャンペーンに対して沈黙を守っている。この騒ぎの本当の理由がはっきりと見えてくるのは、アップルが口を開くときなのか、それとも中国当局のアップル叩きがさらにレベルアップしてからなのか。真相はいつか明らかになるだろう。しばらく見守っていこうではないか。
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