コラム

「官報メディア」vs「市場型メディア」〜現代中国メディアの読み方おさらい

2012年07月10日(火)19時55分

 先月末、言論NPOが発表した「日中世論調査」がメディアを賑わした。この調査の中国側調査の問題点については、昨年このコラムで指摘したので、それを参照していただきたい。今年は、昨年の「中国人の日本に対するイメージが最悪に!」に代わり、特に「日本人の中国に対するイメージが最悪に!」がことのほか騒がれたが、中国側調査を見ると相変わらずわたしが指摘した点が一つも見直されておらず、偏りは修正されていない。

 特に今年の日本のメディアの大騒ぎに気が付いた某中国メディアが、同NPOに「中国側調査の集計内容は?」と問い合わせたところ、「中国側からは結果しか受け取っていない」という答えだったと聞いた。このような、調査を委託した「チャイナ・デイリー」側から他者が精査するのがかなわない「結果だけ」を黙って受け入れるという言論NPOの姿勢を考えると、その日本側調査にも不安を感じる。こういう調査は実施主体の立ち位置、そしてその客観的条件が特に判断の決め手になるのはいわずもがなで、貴重な調査を行っているだけに残念だ。

 日本でこの調査の結果が大きく報道された頃、わたしはちょうどある記事の取材で立て続けに中国メディアの記者たちと会っている最中だった。そのうちの一人に、「中国に嫌悪感を抱く日本人が80%に達したという調査が話題になっている」と言ったら、彼は目を大きく見開き、すぐに「でもそれは日本国内の問題でしょ」と笑った。

 その言葉は少々意外だった。というのも、数年前までは海外のどこで嫌中感が渦巻いているということを彼らメディアがわりと熱心に報道していたからだ。意地悪な質問を浴びせかけるつもりは毛頭なかったが、純粋に好奇心から「中国が嫌われている、ということに焦燥感はない?」と尋ねると、「日本は今経済的に大きく追い詰められている。その時に膨張する国が隣にあれば、それを嫌悪するという傾向が表れることは容易に理解できるよ」と、国際面を担当するこの記者は言った。

 この太っ腹な答えには本当に驚いた。だが、「市場型」と呼ばれるメディアの関係者の、常に話題の先端を自分たちの嗅覚を頼りに探し求めている、切れのよい記者から出てきた言葉としては納得がいった(そんな記者が中国にいる、というのは覚えておいて損はないと思う)。そして同調査の中国側調査パートナーが「チャイナ・デイリー」だと伝えると、ふふっと鼻で嗤った。そこには「そういうレベルの話か、じゃますます興味ないや」といった表情が浮かんでいた。

「チャイナ・デイリー」は中国国営の英語新聞社だ。同社が出す英字新聞「チャイナ・デイリー」(中国語では「中国日報」)は中国共産党中央委員会機関紙である「人民日報」とともに、中国を代表するメディアとしては世界で最も知られていると言っていいだろう。だがその背景が示す通り、がちがちの官報メディアである。

 社会主義国の中国ではメディアは民営化されておらず、実質的にはすべて政府の管理下にある。実際にはその「政府」が指すものは、たとえば各業界の政府系団体(業界組合や労働組合)や地方政府、さらにはその末端の政府の団体機関などさまざま。その目的はともかく、それらの政府機関が自分たちの予算を使って独自に新聞や機関誌を発行していた。それが21世紀に入る直前に、それまで公的予算を使った運営から独立採算化、つまり「売って儲け」なければいけない形に転換され始めた。

 そこから中国のメディアは新しい局面に入った。管理体制の元をたどれば確かに上述したように「政府の管理下」にある一方で、「売って儲ける」、つまり読者に買ってもらうために彼らの関心を引き付けなければならなくなった。それまでの政府の上言下達のような殿様商売では当然、生き残れない。その転換に失敗して消え去ったメディアも多かったが、一方で購読者たちの知識欲、情報需要に応えて独自の信頼性を集めるメディアも現れた。

 ここで念のため説明しておく。日本では一般に「読者に買ってもらうメディア」というと、「売れればいい」的なゴシップメディアを想像することが多い。だが、中国でこのメディアの市場化が始まったころはちょうど、人々の知識や情報に対する渇望が放たれた時期だった。これとほぼ同時に、インターネットが普及し、1990年代後半に大学入学枠が拡大されて高等教育を受けた人たちがどっと社会に流れ込んだ。さらに経済成長という社会背景に、感情を刺激するゴシップだけではなく、理性的な知識や客観的なニュース、国際社会を知るための情報への需要が激増しており、これが良質なメディアが育つための土壌となったのだ。

 そうして生き残ったのが「市場型」と呼ばれるメディアで、「南方都市報」「新京報」「東方早報」「南方週末」「21世紀経済報道」などの新聞、そして雑誌では「三聯生活週刊」「新世紀」「週末画報」「南都週刊」「財経」などが挙げられる(もちろん、好みで挙げればきりがないので、これらはほんの一部だとご理解いただきたい)。ここに挙げたメディアはそれぞれ独自の取材と切り口でほかのメディアにも注目され、話題になるような記事を書き続けている。たとえば昨年の高速鉄道事故などでも政府の報道規制と戦いながらぎりぎりの線で、時には印刷直前に記事差し替えを命じられながらも、自分たちが得た情報を最大限に読者に届けるよう努力する。その奮闘ぶりと記事の鋭さですでに厚いファン層を育んでいる。

 そこが伝統的に共産党や政府をバックに持つ「人民日報」や「チャイナデイリー」、そして国営テレビ中央電視台と違うところだ。今や中国の、特に都会の読者たちはは、世界で今何が起こっているのか、中国国内にどんな問題があるのか、それが自分たちとどうかかわっているのか、に大きな関心を向けており、以前のように政府のパフォーマンスやスローガンの垂れ流しには興味を持たない。「人民日報」などの官報メディアでは、彼らの要求に応えられないのである。

 これまで中国報道では「人民日報」や新華社など「官報メディア」からの引用一辺倒だった日本メディアでもやっとここ1年余り、こうした市場型メディアが伝える内容を取り上げて論ずる記事が増えてきた。だが、まだ日本の読者に、その記事に現れる「人民日報」と「南方都市報」や「新世紀」がどう違うのか、がきちんと伝わっていない。「中国って社会主義国なんだから、メディアってどれも国の宣伝機関でしょ?」と思っている人はまだまだ多いはずだ。

「官報メディア」と「市場型メディア」、これからはこうした違いにも注意して中国報道を読んでいただきたい。どれが中国政府の意図なのか、どれが民間が求めている論点なのか、が明らかになるだろう。中国政府の伝統的権威メディアだけに頼って中国を知ろうとする愚かさがだんだんわかってくるはずだ。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

最近の急速なウォン安・円安、深刻な懸念共有=日韓対

ワールド

米戦略石油備蓄の第1弾、来週末までに供給 8600

ビジネス

日立とGEベルノバ、東南アジアで小型モジュール炉導

ワールド

米商務省、AI半導体輸出の新規則案を撤回 公表から
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 2
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革命をもたらす「新世代ドローン」とは?
  • 3
    イラン攻撃のさなか、トランプが行った「執務室の祈祷」を中国がミーム化...パロディ動画が拡散中
  • 4
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 5
    ファラオが眠る王家の谷に残されていた「インド系言…
  • 6
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 7
    ホルムズ封鎖で中国動く、イランと直接協議へ
  • 8
    機内で「人生最悪」の経験をした女性客...後ろの客の…
  • 9
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 10
    『ある日、家族が死刑囚になって』を考えるヒントに…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 6
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 8
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 9
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 10
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story