コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(2/3)──母親より自分のことを知る存在にどう対処すべきか

2020年07月16日(木)14時25分

イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏 Yuval Noah Harari-YouTube

<歴史学者ハラリ氏と、台湾のIT推進大臣タン氏による対談の第2回。アルゴリズムに脳や心をハッキングされる脅威には、透明化と複数の視点で対抗できるとタン氏は指摘する>

エクサウィザーズ AI新聞(2020年7月12日付)から転載

第1回:ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(1/3)──「ピンクのマスクはカッコいい」、誰もがルールづくりに参画できる社会の到来

◇ ◇ ◇

複数のAIアシスタントで人間の成長を支援

ハラリ 私にとっての最大の問題は、またしても歴史的な観点からなんですが、民主主義は人々の欲望や感情に権威を与えるということです。これが民主主義における究極の権威です。4年に一度だけ、人々の欲望や感情を声に出すことは、確かに十分ではないということに私は完全に同意します。効率的ではない。

私たちが21世紀に直面し、今後ますます直面するであろう大きな課題は、今、人間をハックする技術があるということ。それらの技術が、今後われわれの欲望や感情をますます操作する可能性があるということです。

もちろん、歴史の中で、王や皇帝、預言者や宗教は、常に人々の心の中に入り込み、そこで何が起こっているかを理解し、それを操作しようとしてきました。歴史の中では、20世紀の全体主義運動のような洗脳の動きが何度もありました。

しかし、先ほどお話ししたような技術を持っていなかったので、常に全員をウォッチすることができませんでした。最終的には、生物学的な知識が不足していたことが最大の障害でした。

人間は、人間の脳の中で何が行われているのかを理解するための、生物学や脳科学の知識を十分に持っていませんでした。結局、人間の脳はブラックボックスで、スターリンや毛沢東やヒトラーのような人でさえ人間の脳の中で何が起こっているのかを本当に理解できませんでした 。

しかし今、コンピュータ科学のブレークスルーとともに生物学の分野でもブレークスルーが起こり、このブラックボックスを開けようとしています。このことで、人間をハックし、脳の中で何が起こっているのかを理解することができるようになろうとしています。したがって、全く新しい操作方法が可能になろうとしているのです。

何百万人もの人々の欲望や感情を大規模に操作できるようになれば、それに対抗するには「速いフィードバックの反復」だけでは必ずしも十分ではありません。

繰り返しになりますが、人間をハッキングする完全な能力、それはまだ未来の話です。私たちはまだそこには到達していませんが、ここ数年で起きていることは憂慮すべきことです。最近のアルゴリズムやアプリ、デバイスが、実際には既に人間をハッキングしているのです。世界で最も賢い人たちが、どうすれば大衆の感情のボタンを押せるのかという問題に取り組んでいます。大企業は、彼らの従業員である非常に優秀な人たちに対して、こう言います。 「人々は、われわれのアプリやデバイス、プラットフォームに対し一日に30分の時間を費やしている。これを1時間にしたい。これが今年の業務目標だ」。

世界で最も優秀な人たちに、このタスクを与えるわけです。人々の注目をハイジャックして、企業のプラットフォームに注目させる方法を探させるわけです。世界で最も優秀な人たちは、感情のボタン、恐怖のボタン、憎しみのボタン、欲のボタンを見つけます。こうすることで、人々の注目を集めることが簡単にできるからです。

未来を見ようとすると、またしても独裁者、新しいタイプの独裁者が台頭する非常に大きな可能性が見えてきます。しかし、たとえ独裁者の台頭を避けることができたとしても、人間の脳、人間の心をハッキングする新しいツールの台頭にどう対処すべきか、それが本当に大きな問題です。

インタビューの最初の部分の例で考えてみましょう 私が例えば14歳の時、アルゴリズムは私の行動を分析したとしましょう。アルゴリズムは、私の目が何を見ているのかを分析します。浜辺を歩いていて、かわいい男の子やかわいい女の子に注目しているかどうか。ビデオやテレビを見ている時に、私の目が何をみているのかを分析します。私が女の子より男の子が好きなのを発見したとします。アルゴリズムはそれを私に伝えるのか、もしくはその情報を基に何らかの形で、私を操ろうとするかもしれません。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:マスク氏の新党構想、二大政党制の打破には長く

ビジネス

6月工作機械受注は前年比0.5%減=工作機械工業会

ワールド

解任後に自殺のロシア前運輸相、横領疑惑で捜査対象に

ビジネス

日産、米国でのEV生産計画を延期 税額控除廃止で計
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワールドの大統領人形が遂に「作り直し」に、比較写真にSNS爆笑
  • 4
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story