コラム

プーチンの戦争が終わらせる戦後日本の「曖昧な平和主義」

2022年05月07日(土)12時12分

振り返ればウクライナ東部の2つの(自称)ロシア系共和国の「独立」について、親露派の少数の国のみが承認し、しかし多数派諸国は認めない立場を堅持する。そうした「曖昧な状況」を長く続けてゆくという形で、問題を決着させる仕方もあり得たのかもしれない。

そのまま事態が膠着し、ロシアのウクライナ全土への侵攻というエスカレーションなしで止まれば──双方の陣営が居心地の悪い環境にはおかれつつも──人的な犠牲は少なくて済んだろうが、いまその選択へと立ち戻るのは、かつてなく難しい。

あるいは開戦の回避が模索された時期、フランスのマクロン大統領はプーチンにウクライナの「フィンランド化」(一定程度、大国に従属した上での中立化)を提案したのではと報じられ、賛否を呼んだ。

いずれにせよプーチンは仲介を蹴り、軍事力でウクライナを「曖昧さの余地なく」従属させることを目指したが、結果としてフィンランドの方も冷戦期以来の路線を放棄し、「明瞭な形で」NATOに加盟する道を選びつつある。

単なる個別の政策・軍略を超えて、かように国家の正統性や存立の全体が「曖昧さ」によって支えられてきた秩序は、いま崩壊の危機にある。そしてその滅びつつある国際社会のあり方こそ、実は私たち日本人が戦後、最もなじんできた性格のものだ。

冷戦下に形成され今日まで続いている、いわゆる「2つの中国、2つの朝鮮」の体制がそれである(拙著『荒れ野の六十年』勉誠出版)。

それらは本来、第二次大戦というよりも、朝鮮戦争(1950-53年)の「戦後秩序」にあたっている。同戦争の開戦以前、腐敗した蒋介石の国民党政府(台湾)の評判は悪く、米国のトルーマン政権はもし大陸中国からの侵攻が起きても、見放す直前にあったとされる。

開戦後にはまず北朝鮮、次いで国連軍に支援された韓国が38度線を大幅に超えて侵攻し、明示的に統一された「1つの朝鮮」を目指した。今日の東アジアにおける分断国家の体制は、双方の試みがともに「挫折」した結果生まれた妥協点にすぎない。

朝鮮戦争では当時の東西陣営の勢力均衡が、最後は国家の正統性を曖昧にする(=2か国のうちどちらが正統かに含みを持たせておく)体制に帰結した。

その約70年後に勃発したウクライナ戦争は果たして、逆に国家の存立をめぐる「曖昧さの解消」に帰着する形で終わるのだろうか。

実際、とくに2008年のブカレスト宣言以降、ウクライナはNATOの一員になり得るのか否かを「曖昧にしてきた」欧米諸国の姿勢が、かえってプーチンに侵略の誘因を与えたとする批判は強い。

転じて東アジアでも、米国は台湾に関して「もし中国が侵攻するなら軍事介入する」と、あらかじめ明言しておく戦略的明瞭さ(Strategic Clarity)へと方針を転換した方が、戦争を未然に抑止できるとする主張も目立ってきている。

しかしすでに始まってしまったウクライナ戦争を、「核の力」なしに曖昧さなく終えることができると、確信をもって断言できる識者はいない。

朝鮮戦争下で中国大陸への直接攻撃を唱えたマッカーサーは、第三次世界大戦を懸念したトルーマンに更迭され、それが結果的に米軍の原爆使用を防いだ。対して今回プーチンを「解任」できる上位の主体は、ロシアの内にも外にもいない。

私たちはいま、曖昧さによる共存という「朝鮮戦争の戦後レジーム」を維持できるのか否かを、極東の地にあって試されているともいえよう。そうした目に見えぬ次元を意識することこそが、青と黄のウクライナカラーで可視的に示される連帯以上に、彼らの悲劇を自らの問題として受けとめることではないかと思う。

kawatobook20220419-cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス) ニューズウィーク日本版コラムニストの河東哲夫氏が緊急書き下ろし!ロシアを見てきた外交官が、ウクライナ戦争と日本の今後を徹底解説します[4月22日発売]

プロフィール

與那覇 潤

(よなは・じゅん)
評論家。1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科で博士号取得後、2007~17年まで地方公立大学准教授。当時の専門は日本近現代史で、講義録に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』。病気と離職の体験を基にした著書に『知性は死なない』『心を病んだらいけないの?』(共著、第19回小林秀雄賞)。直近の同時代史を描く2021年刊の『平成史』を最後に、歴史学者の呼称を放棄した。2022年5月14日に最新刊『過剰可視化社会』(PHP新書)を上梓。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノボとヒムズが和解、肥満症調剤配合薬の特許侵害訴訟

ワールド

米、石油備蓄の協調放出検討 他の選択肢も=エネルギ

ワールド

米の要請で和平協議延期、新たな協議に応じる用意=ゼ

ワールド

トランプ氏、イラン最高指導者へのモジタバ師選出に「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    ダイヤモンドのような「ふくらはぎ」を鍛える最短ルートとは?...スクワットの真実
  • 4
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 5
    「一日中見てられる...」元プロゴルファー女性の「目…
  • 6
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 7
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 8
    ホルムズ海峡封鎖、石油危機より怖い「肥料ショック」
  • 9
    なぜ脳は、日本的「美」に反応する? 欧米の美とは異…
  • 10
    プーチンに迫る9月総選挙の暗雲
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 6
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 7
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story