パリのカフェのテラスから〜 フランスって、ホントはこんなところです
フランス中を震撼とさせた難民による子供狙いのナイフ襲撃事件
事件が起こったのは、フランス東部に位置するアヌシー(オーヴェルヌ・アルプ地域圏・オード・サヴォア県)の、のどかなアヌシー湖岸のほとりにある公園、しかも朝9時45分という時間帯のことで、その日のうちに、フランス中はこのニュースで持ち切りになりました。
しかも、狙われたのは、1歳から3歳の子供が中心で、平和な午前中の公園に突如として沸き起こった狂暴で陰惨な事件に、国会までもが中断して黙祷を行い、「いったい、何者が?なぜ?」という疑問とともに、この被害者の子供たち(幼児4名を含む6名が生死をさまようほどの重症を負いました)の動向や安否が分刻みで報道されていました。
犯人は難民申請を却下された31歳シリア国籍の男
この襲撃犯は、たまたま居合わせた勇敢な青年と警察の介入により、その場で逮捕されたため、その日のうちに犯人のプロフィールが解明されていきました。犯人は、シリア国籍の31歳の男性で、スウェーデンで、すでに難民認定を取得し、10年間はスウェーデンで生活しており、その地で結婚し、今回、彼が襲った子供と同年代の3歳の子供もいるとのこと。彼はスウェーデン国籍を申請しましたが、彼には研修中に失業手当と奨学金の両方を受け取った給付金詐欺の前科があり、執行猶予付きの有罪判決と罰金が課せられた過去があり、国籍申請を却下されています。
どうやら、そこから、彼の人生は狂い出した模様で、事件から8ヶ月前に離婚して、スウェーデンを出国することを決意したと元妻が証言しています。彼はその後、イタリアなど、数か国での難民申請を試みますが、結局、フランスに入国して(合法的に)、難民申請を行ったところ、スウェーデンですでに難民認定を受けていたことから、フランスはこれを却下。すでに他の国で難民認定を受けている人(しかも、すでに10年間もスウェーデンで生活している)を、重複して難民認定を出さないことは当然のことです。
しかし、この難民申請却下の通知を受け取ったのが事件の2日前ということなので、この申請却下が事件の動機となっている可能性は否定できないかもしれません。だからといって、まるで無関係の子供を襲撃するなど、あり得ない話です。
2人のクリスチャン 一晩にして英雄になったバックパックの男
ひとくちにクリスチャンといっても、一括りにはできませんが、この男、難民申請には、「自分はシリア国籍のキリスト教徒である」と宣言していたそうで、それがどのようなキリスト教かは別として、なんらかの信仰を持っていたのは事実のようで、恐ろしいことに、子供に向かってナイフを振り下ろすときにも「キリストの名のもとに!」と叫んでいたことを周囲の目撃者が証言しています。
彼は半年ほど、このあたりにホームレスとして生活していたことを地域の住民が証言しており、いじわるそうな目つきをしていたなどという話もあるものの、比較的、おとなしく、周囲の人々の邪魔にならないように、ひっそりと生活していたようで、事件現場となった公園を根城にしており、夜になるとやってきて、朝になるとどこかに出ていき、ホームレスとしては清潔で、麻薬やアルコールなどに溺れる様子もないことから、特段、彼を追い出そうとする人もなく、時たま、食べ物や薬などを差し入れようとする人がいても、頑なにそれを断り続けていたようです。
まあ、後から考えてみれば、難民申請中のことゆえ、それが受理されるまでは、おとなしくしていたのだろうと推察することはできますが、その時点では、誰もこんなに残酷な事件を起こす人であるとは知る由もありません。
この事件は、現場に居合わせた人が事件の模様を携帯で撮影しており、その動画はその日のうちに、瞬く間にSNSやテレビで拡散されました。最初、私が、その動画を目にしたときには、あまりに犯人がはっきり映っているので、一瞬、「再現フィルム?」と思ったほどです。
その動画には、ナイフを持って次の襲撃先を品定めしている犯人と、重そうなバックパックを背負ったまま、犯人を追いかけていく若者がもう一つのリュックサックで犯人と対峙している映像で、途中、若者はバックパックをおろして、リュックサックを振り回しながら、子供から犯人を遠ざけようとしています。
彼はこの動画の拡散により、彼は一晩で「バックパックの男」として、フランス中の英雄になりました。敬虔なクリスチャン(カトリック教徒)で大聖堂マニア?の彼は、数カ月間にわたって、フランス中の大聖堂めぐりをしている最中で、偶然、この事件に遭遇したとのことで、ちょっと、美談として出来すぎの感じもしないではありませんが、彼は、「小さい子供が襲われ、飛び散る血を見て、何もせずにはいられなかった・・自分自身の身の危険を考える余裕はなかった・・」と答えており、「とにかく無我夢中だった・・」と。彼が恐怖を感じたのは、とりあえずは、犯人が取り押さえられて、一段落してからのことだったと話しており、その後のインタビューでは、「私はフランス人らしく行動し、最も弱いものを守るという本能に従いました。とにかく襲われている子供を守りたかった。誰にでもできることをしただけ・・」、「私を英雄扱いをしてはなりません・・」と、まあ、ちょっと出来すぎのビックリするようなコメントも残しています。
しかし、聖人のような彼にもちゃっかりしているところはあるようで、翌日に被害者の病院を見舞いに訪れたマクロン大統領とも面会し、彼に前日の雄姿を讃えられると、大聖堂マニアの彼は「来年のパリのノートルダム大聖堂の再建式に招待してほしい」とお願いし、快諾をもらっているあたりは、ホッとさせられるところでもあります。
いずれにしても、クリスチャンであると名乗っていた犯人から襲われていた子供たちが、やはりクリスチャンである若者によって、守られたということは、皮肉なことでもあります。
英雄が語る「フランス人らしさ」
フランス人と一括りにすることも、大変、乱暴な話ではありますが、この事件で英雄のようになった青年が語った「フランス人らしく行動し、最も弱いものを守ろうとしただけ・・」というフレーズに、私には素直に受け取れる部分もありました。彼の場合ならば、「カトリック教徒らしく・・」とか、「クリスチャンらしく・・」と来そうなどころ、まず、自分の行動に対して、「フランス人らしく・・」と来るところが、私にしてみれば、それこそが「フランス人らしいな・・」と思うところでもあります。
そして、長年、フランスで生活している中で、常日頃は、「まったく、勝手なことばっかり言って!」とか、「自分のことしか考えないんだから!・・」とか、思う場面も少なくありませんが、それこそ、ここぞというとき、また「もっとも弱いもの」に対して、「もっとも困っている人」に対しては、「フランス人は優しいんだな・・」と思うことが多いということです。
ごくごく些細なことでは、駅の階段などで、ベビーカーを押している人がいて、階段にさしかかると、どこからともなく若者が手を貸して、何気なくベビーカーを運んで、そのまま、それがあたりまえのことのように爽やかに立ち去っていく場面を見かけることも少なくありません。また、私自身の経験でも、夫が突然、病死してしまったときなどは、周囲のみんなが恐ろしいほどの団結力を見せて助けてくれた経験から感じることでもあり、彼が勇敢な自分の行為に対して「フランス人らしく・・」と説明したことに違和感を感じなかったのです。
犯人が移民(難民)であったことに、移民問題にまた、大きな波紋を投げかけることにもなりましたが、同時にこの英雄的な行動をあたりまえのことのようにやってのけた若者の存在がこんなに残酷な事件の中でも、本人も説明している「フランス人らしい優しさ」を見せてくれたことで、かすかな救いが見えたような気もしたのでした。
犯人は身柄を拘束されて、取り調べが続いているようですが、動機などについては、未だ明確になっておらず、前述したように、アルコールや麻薬などの反応も出ておらず、精神病歴もないとのことでしたが、逮捕後、本人の動揺が激しいこともあり、彼が起こした事件自体、どう考えても正常な精神状態の人がやることではなく、現在は、精神病院に隔離されているそうです。
著者プロフィール
- RIKAママ
フランスって、どうしようもない・・と、日々感じながら、どこかに魅力も感じつつ生活している日本人女性。日本で約10年、フランスで17年勤務の後、現在フリー。フランス人とのハーフの娘(1人)を持つママ。東京都出身。
ブログ:「海外で暮らしてみれば・・」
Twitter:@OoieR