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悠久のメソポタミア、イラクでの日々から

牧野アンドレ|イラク

ヤジディ教徒の虐殺に関わったイラク人ISIS戦闘員、ドイツで裁かれる

©isayildiz - iStock

11月30日、ドイツのフランクフルトで過激派組織ISIS(イラク・シリアのイスラム国)の戦争犯罪が世界で初めて裁かれる、歴史的な瞬間がありました。

被告はイラク国籍のタハ・アル=ジュマイリ。彼は2015年、ISISの戦闘員としてイラク中部のファルージャで暮らしていた際にイラクの少数民族ヤジディ教徒の女性と彼女の5歳の娘レダさんを奴隷として「購入」し監禁。フランクフルト高等裁判所は、被告がレダさんを「お漏らしをした」という理由で罰として50℃にもなる炎天下のもとに晒し死なせたとして、ジェノサイド、人道に対する罪、また人身売買の罪で最高刑である無期自由刑を言い渡しました。またそれに加え、レダさんの母親に対して50,000ユーロ(約640万円)の賠償金の支払いを被告に命じました。

ジュマイリ被告は判決を聞いた際、気を失ったそうです。

ドイツでは戦争犯罪、ジェノサイド、人道に対する罪といった人道に関わる罪に対しては「普遍的裁判管轄権」を採用しています。これはドイツ領土内の犯罪でなくとも、ドイツ人の犯罪でなくとも、ドイツの裁判権の及ぶ場所で人道に関わる犯罪を犯した者がいたら、ドイツの裁判所はその者を訴追できるとする権利を指します。

今回、アル=ジュマイリ 被告はイラク人であり、この犯罪はイラク国内で起きた犯罪でしたが、この権利をもとにドイツで裁判が行われていました。

  

ヤジディ教徒の虐殺

ISISによるヤジディの人たちの迫害は、2014年8月に始まりました。

この日は「コチョの虐殺」と呼ばれており、ISISは最初に襲撃したイラク西部のシンジャール地方にあるコチョ村を包囲。人口1,700人ほどのこの村は2週間後に占領されます。

コチョでは8月15日に1,250人のヤジディ教徒が虐殺、または奴隷とされました。2018年にノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドさんもこのコチョ村の出身で、この時にISIS兵士に奴隷として売られた経験をしています。

コチョ村の中には4つの集団墓地が作られ、虐殺から7年経った今日も、発掘作業と被害者の認定、そして再埋葬が続いています。

イラクのクルド自治区では虐殺の始まった8月3日を「ヤジディ教徒虐殺追悼記念日」と制定し、犠牲者への追悼の日とされています。

この後、シンジャール地方のほとんどがISISの占領を経験。ISISによって「異教徒」と認定されたヤジディの人々は、男性は虐殺され、女性は奴隷としてISIS兵士に売られ、子どもは兵士になるための洗脳教育に晒されることとなりました。

この虐殺を通してISISは約3,000人を超えるヤジディの人々を殺害。6,000人以上を誘拐し奴隷化。未だに2,950人の行方が分かっていません。

虐殺前、シンジャール地方にいた約50万人のヤジディ教徒のコミュニティはこれによりほとんど壊滅状態へとなります。虐殺を免れた人も多くは難民となりイラクのクルド自治区に避難民として暮らすか、欧州へと逃れました。近所として暮らしていたアラブ人が自分たちをISISに売ったことで、数百年続いていた共存関係も崩壊してしまいました。

今も多くのヤジディの人々がシンジャール地方へと帰れない日々を送っています。

国連も今年の5月、長きに渡る調査の結果を経てISISのヤジディ教徒に対する攻撃をジェノサイドである認定しました。

  

裁判にいたった経緯

アル=ジュマイリ被告は2019年にギリシャのアテネで逮捕されました。ISISが実効支配地をほとんど失った後、被告はシリアを経由ししばらくトルコに潜伏。2018年に欧州でテロを実行するためにギリシャへ渡ると、その翌年にドイツ国籍の妻とともに逮捕されました。

その後ドイツでへの送還が決まり、2020年の4月に訴追され裁判が開始。

先に妻のジェニファー・ウェニシュ被告の裁判が結審し、今年の10月にレダさんの救助を怠ったとして人道に対する罪で有罪判決を受け禁錮10年の刑が言い渡されていました。

この2人に加えあと3名の元ISIS戦闘員がドイツで捕まっており、ヤジディ教徒に対するジェノサイドに関わったとして裁判を受けています。

  

この裁判の評価

例えば、イラク国内にて過激派組織に参加したとして訴追され、(死刑を含む)刑罰を受けいている者は多くいます。しかし今回の裁判のように、ヤジディ教徒に対するジェノサイドとして訴追され、実際に刑罰が言い渡されたのは世界でも初めてでした。

2014年に設立され、ヤジディ教徒の権利保護を訴える国際NGO Yazdaも、今回の判決を「歴史的」として評価しています。

ドイツでは「普遍的裁判管轄権」の原則のもと、この裁判の他にも、人道に対する罪に関わる裁判として、シリアの秘密刑務所で囚人の拷問に関わっていたされる元シリア軍大佐に対する裁判も継続しています。

ISISによる人道に対する罪、またシリア政府軍による戦争犯罪など、その規模はドイツ一国の裁判所だけで裁けるものでは決してないでしょう。国際社会が早急にこれらの犯罪を巡る特別法廷の設置を行うべきです。

今も続くヤジディ教徒の人たちの苦悩。今回のフランクフルトでの判決を一歩に、彼らの尊厳が回復へと繋がるようになることを願ってやみません。

  

 

Profile

著者プロフィール
牧野アンドレ

イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。

個人ブログ:Co-魂ブログ

Twitter:@andre_makino

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