悠久のメソポタミア、イラクでの日々から
イラクで進む、中国の50億ドル都市計画プロジェクト
現在私が暮らすイラクの都市アルビルでは、中国による巨大都市インフラ計画が進んでいるとしてしばしばメディアを賑わせています。
地元メディアの報道によると今年の1月10日、アルビルの中国領事館職員とクルド自治政府(以下:KRG)の政府高官がアルビル市の郊外に建設予定の巨大ショッピングモールの礎石を設置しました。
発表によると中国が50億ドルを融資し、"Happy City"という名前の工業地帯とマンション群が一体となった「都市」を作ることが計画されています。
これは近年のクルド自治区内の都市インフラプロジェクトとしては最大規模のものです。
イラクも参加している中国の「一帯一路」
このプロジェクトの背景には、中国の「一帯一路」計画が存在しています。
これは2013年に習近平国家主席が提唱した「21世紀のシルクロード」を目指す計画で、中華人民共和国建国100周年にあたる2049年までに中国主導の広域経済圏を構築する壮大なインフラ建設プロジェクトです。今日までに全世界で150を超える国と団体が参加を表明しています。
イラクは2019年に当時のマハディ首相が参加を表明しています。イラクにとって中国は最大の貿易相手国でもあり、中国にとってもイラクは二番目の原油輸入国です。中国にとってイラクの「一帯一路」参加は、原油の確保という安全保障面でも重要な意味を帯びています。
この「一帯一路」計画は低所得国におけるインフラ建設を進める一方で、「これらの国を借金漬けにすることで中国の言いなりにしている」という西側諸国の批判にも晒されています。
実際、最近では債務超過に陥っているザンビアがこのインフラ計画によりさらに多額の借金を抱え、デフォルト(債務不履行)の際には中国企業がザンビアの銅鉱山の資本化を計画していることが明るみに出た上に、ケニアで計画されていた火力発電所が同国の世界遺産にも登録されているラム旧市街に隣接されることが分かり、地元の保護団体の反対運動にあい裁判所により中止させられるといった事態も起きました。
アルビルで進む50億ドルの都市インフラ計画の中身とは
このようにスキャンダルも存在する「一帯一路」に含まれる"Happy City"プロジェクトは、50億ドルがつぎ込まれ2,000平方メートルの土地にショッピングモールやマンション群にホテル、その他工場などを建設する壮大な計画ですが、メインはやはり中国の建設会社が請け負うことになります。
© Chinese Consulate General Erbil
区画内には近くの河川から水を引いてきて、巨大な池を持つ公園までも作られるそうです。
イラクのクルド人自治区では石油依存経済からの脱却を目指して、2010年代の初頭から積極的に外国資本による融資を呼び込んでいました。それにより以前は「第二のドバイ」とまでもてはやされ高い経済成長率を誇っていました。
しかし2014年のイスラム過激派組織ISIS(イスラム国)のイラクにおける勢力拡大、また2017年にはKRGが域内でクルド人の悲願でもある独立を問う住民投票を行ったことでイラク中央政府との関係性が悪化。政府が飼いならす民兵組織とクルド人自治区の軍隊の間の戦闘にまで発展しました。
その後は2020年の新型コロナウイルスのパンデミックにも見舞われ、ここ数年は経済状態の悪化が顕著に見られていました。その状態の中でKRGも経済のテコ入れを模索しており、2020年5月には今後数年に渡り11の工業地帯建設を含む20万件の雇用を生み出すためのインフラ建設プロジェクトを発表していました。
今回の中国による"Happy City"プロジェクトもそのKRGによるインフラ建設計画の一環で、8,000件の雇用を生み出すと見られています。
「親米」と言われ西側諸国との関係性も強いイラクのクルド人自治区ですが、近年では米国とイランの関係悪化に加えて米軍の同地域からの撤退も示唆されており、KRGは多角的な外交関係構築を模索しています。ここ数年の中国との関係強化もその一つと見られています。
今回の"Happy City"計画。今後の進展を見守りたいと思います。
著者プロフィール
- 牧野アンドレ
イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。
個人ブログ:Co-魂ブログ
Twitter:@andre_makino