England Swings!
ロンドンの暮らしから見たウクライナ侵攻
それでなくともこの国では、世界的なエネルギー価格高騰の影響で去年から生活費の高騰が大きな問題になっていた。今年1月までの12か月間の価格上昇率は5.5%で、これからも上がる見込み。去年秋からガスの供給会社がもう何社も破産していて(ガス会社が倒産って初めて聞いた!)、フードバンクに登録する家庭も増え、(ガスを使った)暖房代の節約方法がテレビや雑誌で紹介されている。ウクライナ侵攻で、状況はさらに厳しくなりそうだ。
ちなみにわが家が今月払う電気・ガス代は、これまでの月額66ポンド(約9,900円)から89ポンド(約13,350円)に上がった。フラットでの2人暮らしなので金額は大きくないけれど、割合にすると34%になる。ガス代は4月に50%、秋にも30%上がると聞くので、今からちょっと身構えてしまう。
衝撃的な映像は見過ぎない方がいいとわかっているつもりだった。東関東大震災の時にそう学んだつもりだったのに、毎日あまりに信じられないことが起きるので、つい新聞やテレビを見てしまって、やっぱり心が重くなる。それでも、ウクライナ情勢での熱のこもった報道に感激もしている。
主に見ている国営放送BBCでは、わたしが把握しているだけで男女合わせて7人の記者や特派員がウクライナ各地から詳しい様子を伝えている(侵攻が長引くにつれて、入れ替わったりもしている)。避難民がなだれ込む周辺国にも多くの記者が送られ、定時ニュースのメインキャスターまでがウクライナ入りして、現地からの司会で番組を進めている。
ウクライナ入りした最初のキャスターのクライヴ・マイリーさんは、初めこそ軽装で放送していたけれど、そのうち「報道」と書かれた防弾チョッキを着てカメラに映るようになった。背景にサイレンが聞こえたこともあり、人が眠るマットレスが置かれた地下シェルターから生々しく放送した日もあった。彼を見ているだけで状況が悪化していくのがわかってひやひやしたけれど、番組の途中からヘルメットをかぶって中継を続けた時にも動じず、いつもどおりに番組を続けた彼のプロ意識は高く評価された。わたしは見逃してしまったけれど、首都キーウの惨状を伝えながら涙を流したこともあったそうで、もともと人気があった彼は、誠実な人情派としてますます評判が上がっている。
Deciding to stay in a war zone to cover a conflict like Ukraine, is a professional decision and also deeply personal. Respect to @CliveMyrieBBC and all media colleagues in #kyiv telling such an important story in difficult circumstances @BBCNews @BBCWorld pic.twitter.com/lnoKvzyyGX
-- Christian Fraser (@CFraserBBC) March 1, 2022
各機関の記者たちがSNSなどで、「報道はチームワーク。表に出る記者の前にはカメラや音声の担当者が何人もいるんです」と裏方スタッフを讃える発信を積極的にしていることにも心が和む。記者同士が互いへの尊敬を表す投稿もある。BBCの定時ニュースでは、裏方を含む中継隊を「チーム」と呼んで、放送中にもその言葉を使う。たとえば現地とスタジオを結ぶ時、「わたしとチームからは以上です、スタジオ、どうぞ」「クライヴとチーム、ありがとう」というふうに。これを毎日繰り返すので、視聴者も裏方スタッフの存在を忘れない。強い意志と仲間同士の深い絆を感じて、ぐっときてしまう。
OUR TEAM - these are some of the great people behind the cameras in #Kyiv who make all the difference. Huge thanks to @dishmaster28 Robbie Wright @4nnchor @DeeMcIlveen & James White . #Ukraine pic.twitter.com/SCiuNtsD2r
-- lyse doucet (@bbclysedoucet) March 3, 2022
ロシアではSNSもブロックされ、独立の報道サイトにアクセスするだけで逮捕されると言われている。そのロシアに正確な情報を届けようと、各国の報道機関がロシア語サイトを立ち上げたりして努力をしているようだ。英国の例を挙げると、BBCは報道規制が厳しくなったロシア国内で英語での取材を3月8日に再開した上、1日30分のニュース番組(英語)を欧州放送組合55か国に無償で提供している。そして内容をこの侵攻にしぼったTikTokも始めたそうだ(英語とロシア語のアカウントあり)。ロシアでは基本的にSNSは見られないはずだけれど、「TikTokならなんとかして見ようとする人が多いから」と説明されている。TikTokってそんなにすごいんだ!
またBBCは、ダークウェブTor経由でニュースにアクセスできるミラーサイトも設置している。と言いながら、実はダークウェブというものを今回、初めて知った。接続経路を匿名化して、検閲を受けずにブロックされた情報にアクセスできる方法のようだ。こんな話を聞くと、今起きていることの重大さが感じられて怖くもなるけれど、報道機関の真摯な努力に励まされもする。ロシア語とウクライナ語で読めるミラーサイトへのアクセス方法などは、こちらの説明(英語、ロシア語、ウクライナ語)をどうぞ。
ウクライナに1日も早く穏やかな日々が訪れますように。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile