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ラッシャー貴子|イギリス

英国のコロナワクチン大作戦

英国のワクチン大作戦を見ていて意外に思うのは、ワクチンを受けるのが不安という話をあまり聞かないことだ。日本の報道を見ていると、急いで承認されたワクチンは長期的に問題があるかもしれない、という声も多いようだし、告白するとわたしも実は少し怖い。散歩の帰りにばったり会うご近所さんにおそるおそる「怖くない?」と聞いてみると、たいてい「でもコロナになる方がいやじゃない? それに外に出たいし」という答えが返ってくる。コロナ禍が始まってからもう1年近く。その間3度のロックダウンで外出を厳しく制限されてみんなうんざりしているんだな。こんな我慢をするくらいなら安全と言われているワクチンを打って、元の暮らしを早く取り戻したいのだろう。コロナの終息が第一。それに、もう感染しないし、人に感染させもしないと思えたら気持ちも楽になれそうだ。

日本は全体に薬物の認可に慎重と聞いているので、わたしにはその感覚が残っていて不安になっているだけかもしれない。あるいは薬を使った対処療法自体になんとなく抵抗があるというアジア的な感覚なのかな。コロナの場合はもう予防だけでは済まないレベルになっているから、ワクチンが避けられないのは頭ではわかっているのだけれど。

夕焼け3 - 1.jpg(冬至も過ぎて、夕焼けにも少しずつあたたかさが感じられるようになってきた。もう直ぐ春だから希望を持ってロックダウンを乗り切ろうねと周りと励まし合っている。筆者撮影)

ワクチンへの不安について調べていたら、いわゆるBAME(black, Asian and minority ethnic communities)、つまり黒人、アジア人その他少数民族に属する人たちはワクチンへの不信感が高いことがわかった。ガーディアン紙のこの記事には、英国全体で86%(75歳以上では96%)がワクチンを「喜んで受ける」と答えたのに対して、黒人層では72%、パキスタン系やバングラデシュ系では42%が「たぶん受けない」と答えたアンケート結果が載っている。ほかに東欧系や女性、若年層、教育水準が低い層も接種に積極的でないそうだ。理由は、こうした人たちは人種的・社会的な差別を受けた確率が高いうえ、英国人向けの医療が自分の人種や体質に合わないと考えることも多く、国や社会や保健機関への信頼がうすいということらしい。

国を信頼しないほどではないけれど、平均的・典型的な英国人でないことからくる不安というのは実はわたしも思い当たる。たとえば身長158センチのわたしはこの国では小柄な方だ。たぶんその体格(あるいは体質)が原因で、英国のほとんどの薬はわたしには効きすぎると感じている。風邪薬や鎮痛剤を指定どおりに飲むとぼーっとしすぎるので、昼間は2錠飲むものを1錠だけにしているくらいだ(この方法が正しいのかわかりません)。コロナのワクチンも英国人向けの量が打たれるのだろうから、小さめのわたしの体に入ったら、効きすぎて変なことになるんじゃないかという漠然とした不安が拭えない。ものすごく元気な夫が予防注射で寝込んだことが忘れられないせいもあるだろうし、前段落の記事によれば、わたしが「女性で(この国では)少数民族」ということも関係あるのかもしれない(家族と住むという理由で大人になってから移住したわたしのような日本人がBAMEに入るのか、いつも疑問に思っていたので、これを機会にこれも考えていきたい)。

わたしのようなおくびょう者を励ますためか、あの著名人もワクチンを打ちましたよというニュースがさかんに発信されていて、中にはなんとエリザベス女王(94歳)と夫君フィリップ殿下(99歳)のお名前もある。情報の公開は女王さま自身の決断だそうだ。さすがに女王さま夫妻が受けたとなれば、ワクチンの安全性を信じる人が増えるからだろう。アメリカでは次期大統領や次期副大統領も受けたというし。

(ワクチンを接種する俳優のイアン・マッケラン。クリックすると見られる動画では「針もあるし体内に入ってくるから怖いように思えるけど、ワクチンは友だちですよ」と話している。本人の12月17日のツイートより)

ちなみに、自分の順番が回ってきてもワクチンを受けないと選択するのは自由だ。その後気が変わった時には、こちらから連絡すれば注射をしてくれるらしい。

少し不安があるものの、たぶん、わたしはワクチンを受けるだろう。自分が感染するのもいやだし、人に感染させてしまうのはもっと後悔しそうだからだ。注射をしたら「自粛しなければ」という緊張が解けて気も楽になりそうだ。ただ、しつこいようだけれど、注射の後に寝込む(かもしれない)のが本当にいやなのでワクチンを打つのは憂鬱だ。子どもの頃にしょっちゅう熱を出していたのがちょっとしたトラウマなのだ。体調が悪い苦しさや、休みがちだった幼稚園や学校になじめなかったことを思い出すのがつらい。それとも、今がそのトラウマと向き合う時なのか。これを克服したら少し大人になれるのか。注射せずにコロナにかかったら熱はもっと高くなるかもしれないのだし。むむむ、コロナめ、意外なところを突いてきたな。

今日のおまけ:

コロナのワクチン注射の写真や動画を見て、みなさんは何か違和感を感じませんでしたか? わたしはずっと「痛そう!」と思っていました。注射の針は斜めに優しく刺すイメージだったのに、コロナのワクチンでは腕に対して針を直角にぶすっと突き立てているからです。

ワクチンのことを調べていて偶然、これは筋肉に働きかけて早く効果が得られる「筋肉注射」という方法だとわかりました。日本では歴史的な背景があって斜めに針を刺す「皮下注射」を取り入れているけれど、筋肉注射の方がより一般的なのだそうです。

あ、もうご存じでしたか! 失礼しました。でもわたしは、筋肉注射は針が細くて実は皮下注射より痛くないと知って、ワクチンを受ける不安が少しだけおさまりました。正しく知るって大切ですね。

 

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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