コラム

トランプが敗北してもアメリカに残る「トランピズム」の正体

2020年12月01日(火)18時45分

むろん、このようなリーダーは危険である。アメリカは、大統領が二大政党のどちらに属していても、外交において「民主主義」と「人権重視」の立場は変わらなかった。しかし、トランプ政権はその伝統的な規範を無視して、独裁政権のように振る舞うようになった。議会はそれを止めるべき立場にあるのだが、共和党がマジョリティの上院はトランプに徹底的に従った。民主主義国と欧米諸国がトランプ政権と同様の振る舞いをするようになったら、敵対する国々に同様の行動を取る言い訳を与えることになる。いったん民主主義や人権を軽視する態度を取ってしまったら、これまで「世界の警察官」のように振る舞ってきたアメリカは、もはや他国に対して人権に関する苦言を呈することはできなくなる。

こういったトランピズムを案じていたのは、リベラルだけではない。ダン・クエール元副大統領の首席補佐官を務めた著名なネオコンのビル・クリストルは、初期からトランプとトランピズムに否定的で、「民主主義を守るため」にという非営利団体を創始し、2020年の大統領選挙では民主党候補であるジョー・バイデンを支持した。他にも、トランピズムによる民主主義の崩壊を案じた著名な共和党員らが行動を起こした。トランプの元大統領顧問ケリーアン・コンウェイの夫であるジョージ・コンウェイ、ジョージ・W・ブッシュ元大統領や元大統領候補ジョン・マケインの側近だったスティーブ・シュミット、かつてニューハンプシャー州共和党の委員長だったジェニファー・ホーンなど長年の共和党員らがスーパーPAC(特別政治行動委員会=候補者から独立した政治団体)である「リンカーンプロジェクト」を結成して、トランプを批判するPR活動を行った。

こういったアンチ・トランプの保守の支援もあってバイデンは選挙に勝つことができたが、トランプは不正の証拠などないのに「不正選挙だ」とツイートし、毎日メールやテキストメッセージで支持者に裁判の費用のための資金提供を呼びかけている。そのために、不正が行われたと信じるアメリカ国民が増えてきた。

トランプが選挙に対するアメリカ国民の信頼を傷つけたのは、深刻な問題である。選挙と選挙への信頼は、健全な民主主義を維持するために不可欠だ。アメリカの大統領は民主主義の旗振り役であるべきなのに、トランプは、自ら率先してアメリカの民主主義を破壊しようとしているのだ。ミット・ロムニー上院議員など、共和党の中からもトランプの行動を批判する者は出てきているが、まだ少数派だ。上院を牛耳る多数党院内総務のミッチ・マコーネルは、共和党の権力を維持するためにトランプとトランピズムを利用し続けている。

トランプがホワイトハウスを去った後にもアメリカに残るのが、このトランピズムだ。

ジョー・バイデン次期大統領が、COVID-19とトランピズムが蔓延するアメリカを導くのは、非常に難しいことだろう。オバマ大統領の時のように、期待しすぎた支持者が、すぐに結果を得られないことに業を煮やして「失望した」と言い出すことも予想できる。

しかし、バイデンの強みは、その未来をオバマ大統領の傍らで副大統領として体験していることだ。右からも左からも攻撃されることはすでに計算に入れているだろうし、自分だけでなく、周囲にも過剰な期待はかけていないだろう。だから、叩かれても、驚かず、動揺もせず、淡々と仕事を片付けていくことだろう。

この静かなリーダーシップを、バイデンが「強いリーダー」のイメージとして売り込むことができたら、トランピズムが静まっていく希望が持てる。しかし、極右と極左の強いアクションに惹かれる者が多い現在のアメリカでは、それは淡い希望でしかない。

20240528issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月28日号(5月21日発売)は「スマホ・アプリ健康術」特集。健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪中銀、5月会合で利上げも検討 インフレリスク上昇

ビジネス

脳インプラント、米FDAがマスク氏企業に2例目承認

ビジネス

為替円安、今の段階では「マイナス面が懸念される」=

ワールド

中国、台湾総統就任式への日本議員出席に抗議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 8

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story