コラム

小金井女子学生刺傷事件と「アイドル」偏向報道

2016年05月30日(月)16時20分

ワイドショー報道が招いた誤解

 しかし私が事件発生から二日後の昼に出演したテレビのワイドショーでは、残念ながらアイドル現場固有の構造が今回の不幸な事件を招いたとする内容のものだった。例えば、CDを複数枚(数千枚水準まで)購入させることで、ファンとデートや温泉旅行などをするといった特典が存在し、それがファンに過剰な「恋愛」感情を抱かせてしまう、というアイドル商法が紹介されていた。

 私が出たワイドショーだけではなく、いくつかの局の複数の番組で同様のアイドル商法が紹介された。これらのファンの「恋愛」的感情を過剰に煽るアイドル商法こそが、今回の事件を招いたかのような印象を視聴者はうけていただろう。

 ワイドショーなどで報道されたアイドル商法は、それが一目を引くというだけで紹介された可能性が大きい。もちろんアイドル自体が今回の事件と関係ないのだが、それを脇においてもこのようなアイドル商法が一般的であるとの誤解を招く可能性が大きい。

アイドル現場への無知と偏見

 実際にはアイドル商法は現時点で多様化していて、CDを複数枚買わせる手法自体が限られたケース(CDのリリース時など)でしか採用されていない。例えばライブ活動中心のアイドルたちは、チェキ(簡単な写真撮影。アイドルのみ、ファンと一緒など形態様々)を撮ったり、またはTシャツ、タオルなどのグッズ販売を行ったり、それらのグッズなどにサインをする時に短く限定された会話を交わすことなどが、同行しているスタッフなどの管理のもとで行っているケースが目立つ。

 だが報道では、特殊だが話題になりやすいアイドル商法だけを優先して紹介していた。これはマスコミのもつ既得利益の悪い面がでていて、視聴者の注目を集めたいために、事実がゆがめられてしまったケースだ。さらに今回はアイドル現場への無知と偏見(バイアス)といった既得観念が重なることで、報道の大勢が「アイドル現場固有の特徴が生み出した犯罪」というシナリオを生み出していったと思われる。

 テレビや新聞などは時間の制約が厳しい中で制作されている。このような時間の制約がきつくなればなるだけ、人の合理的な判断は曇ってしまう。私がいつもテレビの現場で見聞する人たちには特にこの傾向(時間制約の厳しさ)が強い。そのため既得観念はさらに力を増してしまう。今回の事件報道でもこの既得観念(アイドル現場へのバイアス)が大きく作用していて、それを現場で修正していくには様々な困難に直面した。

 特に電話取材では、「自分はアイドルのことを知っている」と中途半端に思い込んでいる記者やテレビスタッフほど、"被害者は現役アイドルではなく、アイドル固有の仕組みが原因でもなく、またアイドル自体の理解もあなた方は不十分であること"を熱心に説明してもまったく説得することができなかった。

 これはtwitterの書き込みをみたかぎり、前出の吉田豪氏や地下アイドルの姫乃たま氏も取材時に同様の困難に遭遇していたようである。中途半端な知識しかない人の方が、より現場を熟知している「専門家」よりも理解が上であると思いこむ既得観念も、アイドル取材だけではなく、経済や社会問題一般でよくみかけるケースである。

ストーカー犯罪の問題としてとらえるのが妥当

 既得観念をどのように打破していくのか、ひとつには現場におけるジャーナリズムの専門性を底上げしていくしかない。だが、ジャーナリストへの専門教育ほど遅れている分野がないのも事実である。

 今回の芸能ジャーナリズムだけではなく、経済も政治もしかりである。大学や大学院などで専門性をもったジャーナリスト育成を地道に育成し、その人たちの専門性に適合した生涯所得の向上が実現できるように努力しなくてはいけない。現状では、専門的なジャーナリスト教育を大学院で学ぶと、例えば修士課程にいる二年だけその人の生涯所得が減少してしまい、さらに授業料などのコストも発生してしまう。きわめて機会費用が高いものになっていて、専門性のあるジャーナリストを育成する人的投資をゆがめてしまっているのが実情だ。

 また今回の事件はストーカー犯罪の問題としてとらえるのが妥当であろう。警察の対応もいくつかの報道が指摘しているように深刻な対応ミスがある。現在のいわゆるストーカー規制法がtwitterなどでのつきまとい行為を規制対象にしていないことも課題として指摘されている。

 もちろん(事件とは関係ないとしても)いまのアイドル現場にも多様な問題はある。だが今回の事件報道の在り方がつきつけた問題は、いかに報道の現場がアイドルに対して根深い既得観念=偏見を有しているかである。この既得観念を少しでも打破する努力を今後もしていきたいと願っている。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

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