コラム

メタバースはインターネットのユートピアなのか、現実の悪夢なのか?

2021年11月26日(金)16時37分

2ヶ月間の集中的な研究と実装の段階で、JOURNEEはデジタル・コミュニケーションとビジュアライゼーションの古典的なパラダイムを再設計し、ユーザーが集まり、無限の空間を探索し、VR世界で高品質のストーリーテリングを体験するためのソーシャルメディア・プラットフォームをめざしている。

メタバース計画に対する専門家の警告

しかし、誰もがメタバースの幸福感を共有しているわけではない。ザッカーバーグのメタバース計画は、拡張現実の要素で現実を補強するというもので、現在、批判の声が多く上がっている。何人かの専門家がビジネス・インサイダー誌などにメタの計画に対する懸念を表明している。90年代にすでにメタバースを設計していたイーサン・ザッカーマンも、ザッカーバーグの野望に批判的だ。

皆が恐れているのは、これまで知られていたソーシャルメディア・プラットフォームの悪影響が、メタバースにそのまま移ってしまうことだ。すべてのソーシャルメディア・ユーザーのニュースフィードが各人の好みによって異なるという現象は、将来的には追加のデジタル要素を通じて現実世界にも影響を与え、メタバースの管理者や広告主などによって、ユーザーは大幅にコントロールされる可能性がある。

メタバースは、各人のために「調整された現実」を提供することができ、広告主とサードパーティは、誰かのVR世界に彼らに固有の広告とオーバーレイを注入することができる。専門家はインサイダー誌に、メタバースは私たちが知っている現実を破壊し、広告主やサードパーティが人々にパーソナライズされた世界を与えることを可能にし、結果、政治的分断をさらに悪化させる可能性があると語った。

「私たちは自分たちの情報バブルの中にいるのではなく、私たち自身のカスタム・リアリティに分割されてしまう」と、AR開発30年のベテランでUnanimousAIのCEOであるルイス・ローゼンバーグはインサイダー誌に語った。

何が現実で何がそうでないかについて、私たちがどのように合意するかについても、社会に重大な問題を引き起こす可能性がある。ソーシャルメディアはすでに、企業が私たちから収集した膨大なデータに基づいて、ターゲットを絞ったニュースフィードや広告を通じて、サードパーティが私たちの生活を仲介することを許可している。アルゴリズムはエコーチェンバー内のコンテンツをターゲットにすることができるため、他の人と同じものを見ているに違いないと誰もが考えている。

しかし、それはVR世界で増幅される。VR世界では、サードパーティが各人の家、路上、職場で何を見るかを個別に指示できるからだ。それによって、誤った情報と分断を特定することがより困難になると専門家は同意した。

広告主は、特定のメッセージを現実に注入するために、各人のVR世界内のフィルターにお金を払う。そして、それはメタバース内に設置される伝統的な看板だけではなく、特定のブランドの清涼飲料の缶を持つアバターによる偏在的な製品広告の配置となる。

専門家は、メタバースが人々にとって健康であるためには、ソーシャルメディアが必要とするのと同じか、さらに重要なものが必要であることに同意している。それは「規制」である。「ボーダレスなVR世界で、統治および執行するエンティティは誰なのか?」Ahmer INAM、PacteraのEDGEのチーフAI担当者は、インサイダー誌に語っている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story