コラム

音声SNS「クラブハウス」を告発、ドイツ消費者保護法違反で

2021年02月19日(金)17時00分

なぜクラブハウスは成功しているのか?

クラブハウスは、編集されないライブ会話を売りにしている。ドイツでは、自由民主党(FDP)の党首であるクリスティアン・リントナーのような政治家が早々とクラブハウスに参戦した。ビデオのプレッシャーがなく、政治家やソーシャルメディアのインフルエンサーは、多くの聴衆を専用の部屋に引き寄せる。メディア自体はエリート主義の感覚を保ちながら、直接人々とつながることができる。政治家や著名人にとっては、自らをアピールする絶好のツールとなる。

ツィッターは言葉に、インスタグラムは写真にもとづいていたが、クラブハウスは音声会話にもとづいている。オーディオメディアは、視覚優位のメディア環境に古くて新しい波を引き起こし、特にミレニアル世代の間で新たな流行となっている。

ポッドキャストは成長を続けるメディアであり、過去10年間で米国での人気は2倍になった。また、2013年にWhatsAppによって最初に導入された音声メモ機能は、より多くの人々が文字よりも音声メッセージで通信したいという欲求を反映して、最近はフェイスブック、インスタグラム、テレグラムにも採用されている。

音声会話アプリはこの先も流行していく可能性がある。クラブハウスで多くの人々が話し続けるのか、それとも興味深い機能が、ツィッターなどのすでに確立されたSNSによって、単にコピーされていくかは不明である。

議論を開くことの盲点

クラブハウスの「部屋」の自由な性質は、平等主義的にみえるが、すでに論争も巻き起こしている。特定の性別または民族グループの安全な場所と呼ばれる部屋は、アカウントを持っている人なら誰でも参加できる。ただし、モデレーターは問題を引き起こす人を追い出すことができる。

ニューヨーク・タイムズのジャーナリスト、テイラー・ロレンツは、特定のクラブハウスの部屋が、女性蔑視、反ユダヤ主義、人種差別、陰謀論の「要塞」となる可能性を広範囲に指摘した。部屋での会話は記録されないため、独立した観察者がこれらの要塞のいずれかを調査する方法はほとんどない。

最近、クラブハウスのユーザー・データが中国企業に送られていることをスタンフォード大学が指摘した。クラブハウスをめぐるデータ・プライバシーの行方には多くの懸念が生じている。

表現の自由を担保するものは何か?

クラブハウスはまた、説明責任が欠如しているとして非難されている。部屋での会話はすべてライブで行われ、録音されることはない。クラブハウスのウェブサイトには、「部屋のライブ中に一時的な録音が行われる」と記載されており、ディスカッション中に参加者から「信頼と安全の違反」が報告された場合には音声は保持される。しかし、自分のために部屋の録音を保持したい場合、またはヘイトスピーチの事実を後で報告したい場合は対処できないのだ。

ツイートやフェイスブックの投稿の永続的な保存は、不適切な投稿やプライバシーに関わる多くの問題を引き起こしてきた。しかし、クラブハウスでは、部屋での議論が終わると、彼らの会話はその痕跡を残さない。

音声会話アプリの今後

企業がデータを使用する方法について、個人により大きな権利を与えることを目的としたEUの規制がGDPRである。クラブハウスのプライバシーポリシーは、カリフォルニア州のプライバシー法に基づくデータ主体の権利が考慮されているが、サービスがドイツで展開される場合、GDPRに準拠しなければならない。

クラブハウスがGDPRを無視しているとは思えない。彼らがドイツや欧州のデータ保護規制を知らないはずはないからだ。クラブハウスは、データプライバシーの行き過ぎた規制が、言論の自由をも規制すると考えているのかもしれない。

発言の主体の自由には、義務と責任が生じる。何千もの顔のないボットで構成されるツィッターとは異なり、クラブハウスはメンバーに実名を使用するように要求している。プライバシーを強調するより、自らの自由な発言を優先するための防衛措置が、記録されない会話の意図なのかもしれない。

クラブハウスで自由に話をすることは魅力的だ。なぜなら、うまく行けば、多くの人にフィルターのかからない本当の話を聞いてもらえるからだ。結局のところ、これはスピーチの民主化であり、ソーシャルメディアの基本的な約束を象徴するものだ。

いくつかのデータ保護違反を解消できれば、クラブハウスが実現する「話し言葉の親密さと自由」は、ソーシャルメディア・アプリの新しい推進力になるかもしれない。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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