コラム

インターネットの進化速度を越える「遺伝子解析」に注目せよ

2016年10月03日(月)17時00分

ヒトゲノムを解読したクレイグ・ベンター Mike Blake-REUTERS

<ビル・クリントン大統領が、「ヒトゲノムの解読が完了した」と発表して16年。情報時代のあたらしいトレンドは、「次世代シーケンサー」によるDNA解析で、いよいよデジタル技術が生命科学の分野に本格的に食い込んできた> 

「ムーアの法則」を上回る「次世代シーケンサー」

 コンピュータの著しい進化と普及によって、この二十年であらゆる人々の生活が変わったのは言うまでもないが、なかでも目覚ましいのは医療である。2000年6月、時の米国大統領ビル・クリントンが「ベースとなるヒトゲノムの解析に成功した」と誇らしげに発表したが、このヒトゲノム計画には、およそ3000億円が投入されていた。その後、10年でコストは100万分の1に低下し、いまや、集合住宅の郵便受けにも「DNA解析のお誘い」が、ポスティングされる時代だ。

 この安価になった要因は、「次世代シーケンサー」が高機能かつ安価になったことに尽きる。2000年半ばに米国で登場した「次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer:NGS)」は、遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置で、従来型の「サンガー法」と呼ばれる解析技術に対して、数百倍高い処理能力を持っている。サンガー法では96までのDNA断片を同時処理するのに対し、 次世代シーケンサーでは数千万から数億のDNA断片に対して大量並列に処理することが可能で、これにより、遺伝情報を圧倒的に低いコストと短い時間で解析することを可能にした。

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米イルミナ社次世代シーケンサー「HiSeq X Five」

 一方、パーソナル・コンピュータからスマートフォンまで、コンピュータのチップの開発スピードは鈍化してきたと言われている。この速度は「ムーアの法則」と呼ばれており、インテル創業者の一人であるゴードン・ムーアが、1965年に自らの論文上で唱えた「半導体の集積率は18か月で2倍になる」という半導体業界の経験則を指すが、すべてのデジタル・ハードウェア群の中で、いまも「ムーアの法則」を高い数値で凌駕し続けているのは、次世代シーケンサーだけだ。

インターネットの進化スピードを遥かに越えて進化する

 遺伝子解析といえば、病気の予防からダイエットまで、幅広く応用が可能と言われているが、実際はまだまだ未解明な部分がほとんだ。先日、ロシア人の科学者と話した際に、人類史上、はじめてロシア人のDNAフルシーケンスが完了してから、まだ5年しか経ってない、と話していた。情報時代のあたらしいトレンドと言われるスマートフォンが登場して、もう10年ほどの歳月が経ったが、実は情報時代のあたらしいトレンドとは、次世代シーケンサーによるDNA解析で、いよいよデジタルは生命科学の分野に本格的に食い込んできた。

 だが、バグも多い。そのバグとは、フルシーケンスされた人間のデータではなく、それを読み解く力(アプリケーションや研究論文)が、まだまだ不足しているからだ。例えて言えば、人が生まれた時の星座から見るホロスコープは一生変わらないが、それを読み説く占星術師によって、異なる判断が下される。同じく、シーケンシングされた人の遺伝子データは一生変わらないが、まだまだ未熟な業界ゆえ、それを読み解く知見が不足しているのが現状だ。だから、「遺伝子から見る今後リスクがある病気」のような診断は、「現時点の知見」によるもので、来年、まったく正反対の知見になる可能性もある。しかも、この知見の多くは、現時点では世界四大人種のひとつ「コーカソイド」(いわゆる白人)を中心にしたものであり、モンゴロイドやネグロイドなどに関しては、あまりに未解明な点が多い。

 それでも、この先に未来があるのは間違いない。いまでは、当たり前のようにインターネットを通じて、0.5秒以下でパッと眼前に現れる本記事も、20年前には数分かかり、時にはデータが欠落してキチンと表示されることも難しかった。そう考えれば、現在、インターネットの進化と普及のスピードを遥かに越えて進化する遺伝子解析技術が、ほぼフリーで、99%の精度になるまで、これから二十年はかららないのだろう。本当の「マイナンバー」の世界が、ここにある。

プロフィール

高城剛

1964年生まれ。 日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。2008年より、拠点を欧州へ移し活動。現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジ―を専門に、創造産業全般にわたって活躍。また、作家として著作多数。2014年Kindleデジタルパブリッシングアワード受賞。

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