最新記事
BOOKS

イスラエル軍が1956年に起こした悲惨な虐殺を風刺漫画家が追った...「コミック・ジャーナリズム」とは何か?

2024年10月4日(金)12時30分
早尾貴紀 (東京経済大学教授)
『ガザ 欄外の声を求めて FOOTNOTES IN GAZA』

『ガザ 欄外の声を求めて FOOTNOTES IN GAZA』310-311頁より 提供:Type Slowly

<「コミック・ジャーナリスト」ジョー・サッコが追った虐殺の真相は、現在のパレスチナ問題に通底するものであった...>

1956年、パレスチナ人がイスラエル兵に射殺された大虐殺事件は、なぜ「風化」したのか。

世界屈指の風刺漫画作家が独自取材で迫った「忘れられた大虐殺」から見えたもの。浮き彫りになったイスラエル側の姿勢、そしてパレスチナ問題の本質とは...。『ガザ 欄外の声を求めて FOOTNOTES IN GAZA』(Type Slowly)の「訳者解説・あとがき」(早尾貴紀・東京経済大学教授)より一部抜粋。


 
◇ ◇ ◇

『ガザ 欄外の声を求めて』は、ジョー・サッコによる2009年の刊行作品Footnotes in Gaza(Metropolitan Books/Henry Holt and Company、2009年)の全訳である。

サッコはすでにコミック・ジャーナリズムの分野で圧倒的な存在感を示しており、日本語でも『パレスチナ』(小野耕世訳、いそっぷ社、2007年/特別増補版、2023年)が刊行されている。

この前著は、パレスチナ被占領地における最初のインティファーダ(民衆蜂起)が1987〜92年頃に起きていたその末期の91年末〜92年始めにかけて2か月ほど著者が取材滞在したことに基づいた作品であり、93〜95年にかけて9分冊の薄いシリーズで最初に刊行された(9章立ての統合版は2001年に刊行)。

取材地は、エルサレム周辺から西岸地区のナーブルス、ラーマッラー、ヘブロンなど各地、そしてガザ地区ではジャバリヤ、ヌセイラート、デイル・ル=バラフなど北部から中部にかけて、さらにイスラエルの首都テルアヴィヴと、さまざまな場所にわたっている。

取材内容は主に被占領下での理不尽な生活や体験、つい最近の(あるいは当時なお残っていた)インティファーダとそれに対して受けた弾圧について、そしてユダヤ人の側でのパレスチナ観や占領観についてだ。

だが、パレスチナを主題とした第二作となる本書は、その続編などではまったくない。その主題・構成・内容はまったく別物と言っていい。

サッコ独特の、力強く生き生きしながらも繊細で具体的な人物描写と風景描写、および、丁寧で率直なインタヴュー取材については、前著そのままに、しかし、本書でサッコが挑んだのは、1956年にガザ地区南部のハーンユーニスおよびラファハで起きたイスラエル軍による虐殺事件の歴史的真相の発掘であった。

パレスチナ/イスラエル史の、あるいは中東紛争史の「大きな物語」からすれば、「小さな挿話」にすぎないものと片付けられかねない出来事だ。実際、この虐殺を探求しようとするサッコに対しては、行く先々で、「どうしてそんなことにこだわるのか?」と訝しむ反応が投げかけられる。

そして尋ねていない1948年の「ナクバ(破滅)」、すなわちイスラエル建国に伴うパレスチナ共同体の破滅と難民化、および、1967年の「ナクサ(敗北)」、すなわち第三次中東戦争の敗北による被占領の出来事を、滔々と語られる。

すなわち、ナクバ/ナクサという名称が固有の日を指すほどにこのふたつの出来事は、パレスチナ/イスラエル史において決定的に大きく、そして人びとの記憶や語りのなかでも象徴的な位置を持っているのだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 5
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 6
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中