最新記事
BOOKS

イスラエル軍が1956年に起こした悲惨な虐殺を風刺漫画家が追った...「コミック・ジャーナリズム」とは何か?

2024年10月4日(金)12時30分
早尾貴紀 (東京経済大学教授)

『ガザ 欄外の声を求めて FOOTNOTES IN GAZA』

『ガザ 欄外の声を求めて FOOTNOTES IN GAZA』372-373頁より 提供:Type Slowly


 

それに対して1956年の虐殺など、ガザ地区の地元の人びとにとってすら、外国人がわざわざ探求するに値しないものとみなされていた。あるいは、このふたつの虐殺事件が、第二次中東戦争という諸国家間での戦争の最中ないしその余波のなかで起きたために、やはりその大きな物語の中に埋没し、虐殺をめぐる歴史の声を小さく掻き消されてしまう。

すなわち、イスラエルにイギリスとフランスとが結託してエジプトを侵攻し、アメリカ合衆国とソヴィエト連邦とが仲介するという、大国間の利害と作戦ばかりが戦史で語られてしまい、ガザ地区というイスラエルとエジプトに挟まれた狭隘な「緩衝地帯」(1949年の休戦以降はエジプトの管理下)の住民、しかもその大半がイスラエル建国によって故郷の村を奪われて追放された難民の虐殺など、取るに足りない些事とみなされてきたのだ。

ここで、Footnotes in Gaza の日本語訳タイトルについて触れておく。直訳すれば『ガザの脚註』、ガザ地区についてくる脚註ということになる。だが脚註とは何か。

字義どおりには、論文に付けられる註記で、通常はページの欄外の下部ないし本文の終わった後に置かれるもので、そしてそこには典拠資料への指示のほか、論文の本文・本筋には入らないがしかしそれでも書き残しておきたい挿話・逸話が書き込まれたりする。

すなわち、パレスチナ/イスラエル史の大きな物語、1948年のナクバ(破滅・難民化)から1967年のナクサ(敗北・被占領)へという物語の本筋には書き込まれず、また、イスラエル・イギリス・フランス・エジプトの第二次中東戦争という大きな戦争物語の本筋にも書き込まれることのない、そのような「小さな」事件ということだ。

しかしそれでもかろうじて消え去ってしまわずに、欄外の脚註には痕跡をとどめている出来事、あるいはサッコ自身が欄外の脚註にはなんとか書き残そうと足掻いている出来事、それが1956年のハーンユーニスとラファハでの虐殺ということになる。

そうしたニュアンスを伝えるために、この日本語訳のタイトルをたんに『ガザの脚註』と直訳するのではなく、しかし勝手に日本語版のタイトルを創作するのでもなく、サッコの試みと意図をできるだけ汲み取って伝えられるように編集者とともに悩んだ。その結果が『ガザ 欄外の声を求めて』である。何がベストで正解とは言えないなかでの工夫を受け入れていただければ幸いである。


早尾貴紀(Takanori Hayao)
1973年生まれ、東京経済大学教員。パレスチナ/イスラエル研究、社会思想史研究。ヘブライ大学客員研究員として2002-04年(第二次インティファーダ期)に東エルサレム在住、その間に西岸地区、ガザ地区、イスラエル国内でフィールドワーク。著書に『パレスチナ/イスラエル論』、『ユダヤとイスラエルのあいだ』など、訳書に『パレスチナの民族浄化』イラン・パペ(田浪亜央江との共訳)『ホロコーストからガザへ』サラ・ロイ(岡真理、小田切拓との共訳)などがある。


newsweekjp20241003125227-25343606e878e42708102f02907a214e77937e3a.png

ガザ 欄外の声を求めて FOOTNOTES IN GAZA


 ジョー・サッコ[著]
 早尾貴紀[訳・解説]
 Type Slowly[刊]


(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


イベントのお知らせ

「ガザ 欄外の声を求めて FOOTNOTES IN GAZA」(Type Slowly刊)発売記念
 抵抗と虐殺をいかに描くか──アート/コミック・ジャーナリズムの可能性

 by 早尾貴紀(パレスチナ/イスラエル研究)×山本浩貴(文化研究者)

 日時:2024年10月14日(月)
 時間:open18:30/start19:00
 会場:hako gallery(代々木上原)/渋谷区西原3-1-4
 詳細とお申し込みは→こちらから

ニューズウィーク日本版 日本人と参政党
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年10月21日号(10月15日発売)は「日本人と参政党」特集。怒れる日本が生んだ参政党現象の源泉にルポで迫る。[PLUS]神谷宗幣インタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ABB、AIデータセンター向け事業好調 米新規受注

ワールド

ロシア、中印の公式声明を重視 トランプ氏の「原油購

ワールド

仏首相への不信任案否決、年金改革凍結で政権維持

ビジネス

BMWの供給網、中国系半導体ネクスペリア巡る動きで
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇跡の成長をもたらしたフレキシキュリティーとは
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 9
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 10
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中