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世界初のプロフェッショナル・プログラマーは女性だった...コンピューター開発史に埋もれた先駆者たちを描いて

2024年7月31日(水)18時55分
羽田昭裕(BIPROGY株式会社エグゼクティブフェロー、多摩大学客員教授)

自信に満ちて機械を熟知しているかに見えた彼女たちが何者なのか興味を持ったクレイマンは、コンピューター博物館の館長を訪ねた。

館長は、こともなげに「冷蔵庫レディたち」だと答えた。テレビコマーシャルで新型冷蔵庫の扉を華々しく開けるモデルのように、ENIACの見栄えをよくするためにポーズを取らされた女性にすぎない、と。その説明に納得できず、クレイマンの探求が始まった。

本書では、最近はラストベルトと分断の象徴のように扱われることが多いペンシルベニア州が、かつては米国の統合と多様性、イノベーションの起点であったことを思い起こさせる。特に、その首都フィラデルフィアは米国の最初期のイノベーションの地であり、避雷針の発明で知られるベンジャミン・フランクリンは、民主主義を支える社会システムも発明した。

現代的なコンピューターが誕生した1940年代、ドイツの暗号エニグマを解読したことで知られるアラン・チューリングを擁する英国が研究開発をリードしていたし、米国においてもMITを擁するボストンが最初のコンピューターを開発すると思われていた。

しかし、意外にも、最初のコンピューターENIAC(エニアック)はペンシルベニア大学で生まれた。本書からは、その成功要因は、ハードウェアではなく、今でいうソフトウェアを中心に据えて、プロジェクトを進めていたことだと推測される(ソフトウェアと言う言葉は、1950年代に生まれた)。

当時、大砲などの照準を計算する早見表である「射表」の開発を進めようとする、米国陸軍弾道研究所がこのプロジェクトをリードした。


それ(実用的な軌道計算プログラムの開発)が女性たちの仕事だった。結局のところ、弾道研が膨大な時間、資金、資源を費やしたのは、現代的な計算機を作るためではなく、射表の作成時間を大幅に短縮するためだったのである。...もしENIACが目的通り稼動すれば、弾道研の将来にとって重要な役割を果たすことになる。(152~153ページ)

この最初のプログラムの開発に携わったのが、本書の主な登場人物である6人の女性たち(キャスリーン・マクナルティ、フランシス・ビーラス、ルース・リクターマン、ジーン・ジェニングス、ベティ・スナイダー、マーリン・ウェスコフ)であった。

女性の採用は人員不足がきっかけ?

日本で話題のドラマ『虎に翼』で、女性の採用は、男性が兵役についたため、男性が中心となっていた職場での人員不足をきっかけにしているように描かれる。

少子高齢化が進む日本で近年、女性活躍推進の議論が進むのも、労働力不足への懸念が背景にあると考えられがちだ。同様に1940年代当時のアメリカでも、工場や農場での人手不足への対策として女性の労働力が求められた。

しかし、STEM(科学、技術、工学、数学)領域での女性の採用増加は、人員不足の問題とは切り離してとらえるべきだとクレイマンは強調している。性別や人種にとらわれず多様な人材からなるチームワークがイノベーションの源泉となり、新技術開発の推進力となったことが描かれるのだ。


この戦争は産業に従事する労働者の急増とは別に、工学、科学、数学の分野で大学教育を受けた女性の活躍の場を大きく広げていった。(10ページ)


彼ら(ENIACの開発者)が求めたのは最高の人物で、出身国、人種、宗教、性別は問わなかった。シリコンバレーの企業の幹部にいる私の友人たちは、このようなインクルーシブで多様性に富む環境こそが、今日、最高の技術プロジェクトにおける成功の鍵だと言う。(293ページ)

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