最新記事
BOOKS

元技能実習生など、不法滞在ベトナム人「ボドイ」による犯罪が北関東で頻発している理由

2023年6月30日(金)11時50分
印南敦史(作家、書評家)
犯罪

写真は本文と関係ありません Oleg Elkov-iStock.

<安田峰俊・著『北関東「移民」アンダーグラウンド』に詳述されたベトナム人らによるトラブル、犯罪、その背景にあるもの>


「これ、血痕かなあ、細かい飛び散りかたが血痕っぽいよね」
 カメラマンの郡山総一郎が、足元の染みを見てそう言った。
「わりと新しそうですよね。でも、本当に血かなあ......」
 チー君が答える。彼は日本育ちの二四歳のベトナム人で、二〇二〇年の秋から私の取材通訳をおこなってくれていた。(「はじめに」より)


『北関東「移民」アンダーグラウンド――ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』(安田峰俊・著、文藝春秋)は、このような会話から始まる。このあと続く情景描写は非常に生々しく、しかも、こうしたやりとりが淡々としているからなおさら、ベトナム人の容疑者が起こした傷害事件の生々しさが浮かび上がってくる気がする。

著者によれば、北関東ではこうしたベトナム人による犯罪が頻発しているのだという。そして多くの場合、事件の主役は「ボドイ」と呼ばれる若者たちだそうだ。


 ボドイの多くは、職場からドロップアウトして不法滞在・不法就労状態にあるベトナム人の元技能実習生だ。さらに広義で言うなら、オーバーステイ化した元留学生など「やんちゃ」な背景を持つ在日ベトナム人たちの総称、くらいの理解をしてもいいかもしれない。(19ページより)

ボドイとは、ベトナム語で「部隊」「兵士」のこと。つまりは、言葉も通じず生活習慣も異なる日本で奮闘する自らの姿をかっこよく兵士に見立てたということのようだ。

だが日本の外国人労働者政策を見るにつけ、それも決して大げさな表現ではないとも感じる。

借金を背負ってまで技能実習生になるのはどんな人たちか

言うまでもなく、移民の受け入れについて世論の抵抗が激しい日本では、外国人の非熟練労働者に関する法整備が遅々として進んでこなかった。

だが現実には、少子高齢化とデフレ経済が進行するなか、日本の労働現場は安価な労働力を大量に必要としている。だから「実習」を名目とした技能実習生や「留学」を建前に就労する偽装留学生が、実質的な外国人労働者として雇用される機会が当たり前のものになってきた。

政府も実質的にそれを認めてきたが、そもそもおかしな話だ。だからこそ、「現代の奴隷制」とも比喩されるそうした環境から若者たちがドロップアウトしたとしてもまったく不思議ではない。また、その中の一部の人間が犯罪を犯したとしても、私たちは彼らのことを一方的に責め立てることはできないだろう。

なぜなら現代の日本社会には、彼らの労働によって成り立っている部分が間違いなくあるからである。チェーン居酒屋の料理やコンビニ弁当が安価に抑えられているのも、技能実習生が製造に関わることで人件費が抑制されているからなのだ。

いわば、悪しき習慣が続いているのである。

展覧会
奈良国立博物館 特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」   鑑賞チケット5組10名様プレゼント
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

年内2回利下げが依然妥当、インフレ動向で自信は低下

ワールド

米国防長官「抑止を再構築」、中谷防衛相と会談 防衛

ビジネス

アラスカ州知事、アジア歴訪成果を政権に説明へ 天然

ビジネス

米連邦地裁、マスク氏の棄却請求退ける ツイッター株
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 4
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 10
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中