最新記事

BOOKS

怠けているように見える生活保護受給者は「虐待サバイバー」かもしれない

2023年1月27日(金)16時35分
印南敦史(作家、書評家)

現在は必要に応じて最長で22歳になる年度末まで措置延長できる場合があるものの、彼が入所していた当時は、前述したとおり施設にいられるのは原則として18歳まで。以後は退所しなければならなかったわけである。


 退所の期限は近づいた。施設側の提案はこうだった。
「生活保護の力を借りて、生きていきなさい」
 こうして、彼は児童養護施設の職員に伴われて生活保護の申請に訪れた。
 その申請の際に彼はこう言ったという。
「どう生きればいいのか、わからない」(33~34ページより)

問題はここだ。つまり彼には、親から生き方を教わった経験がないのだ。したがって、そのまま施設を出るということは、丸裸のまま放り出されるようなものだったともいえる。

はたから見れば彼の姿勢は、自分の人生を能動的に考えていこうという意思を持たないようにも映るかもしれない。本人は純粋に「わからない」だけなのだが、「やる気がない」「怠けている」という誤解を受けやすいわけだ。

なお、本書で紹介されている他の事例についてもいえることだが、こうした被虐待児たちには共通点があることを著者は指摘している。


 子が親に頼らない、頼れない
 親が子の窮状に無関心で、共感がない(35ページより)

この国の福祉制度が彼らをさらに追い詰めている

なかには、自分の子を"積極的に攻撃"する親もいたようだ。しかしそんな親には、そうすることによって自分の子がどんな気持ちになるのかという視点がないという。にわかには信じがたい話だが、本書を読み進めていけば、読者はいやでもそのことを実感しなければならなくなるだろう。

それくらい、常識でくくることのできない親が存在するということだ。そして、親がそうである以上、子どもはなんらの虐待から逃れることができなくなるのは当然だ。


 彼らの家族の影は薄いか、気配をまったく感じさせない。
 それに付随するように周囲にも人がいない。実際にはいたとしても、危急が差し迫っても頼ろうとせず、彼らは、まるで人や社会を避けているかのようである。
 虐待を受けてきた彼らの自己主張は弱く、受身的だった。人と関わり、社会のなかで適応していくことに心理的な困難を抱えているようだった。(36ページより)

だとすれば私たちは、「あの子は意欲に欠けるよね」という具合に彼らを否定することはできるだろうか? そうやって片づけてしまっていいのだろうか?

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中